幻想とわかっていても
亜紀子たちとホストクラブに来たあの日に知ってしまった熱を、冬美は忘れることができなかった。
ちょっとした同窓会があると夫にうそをつき、冬美は次の週もホストクラブに向かっていた。罪悪感はあった。しかし瑠衣にまた会えることを思えば、そんなささいなものはあっという間に塗りつぶされていった。
「あれ、今日この前と違う香水だ。ディオールのブルーミングブーケでしょ? 俺、この匂い好きなんだよね」
席について早々、瑠衣の顔が首元に迫る。もっと念入りに歯を磨いてくればよかったと、冬美は息を止める。
瑠衣はいつも冬美が会うためにした努力やささいな変化に気づいてくれた。化粧やネイルを変えれば褒めてくれたし、夫に小言を言われて落ち込んでいたときは「今日いつもより元気ないね」と手を握ってくれた。
もちろん、それが瑠衣の仕事であることは分かっていた。すべては幻想だ。けれどいくら家事をしたところで褒められることも認められることもなかった冬美にとって、瑠衣の存在もくれる言葉もかけがえのないものだった。
だから瑠衣から売り上げに困っていると言われれば、多少無理をしてでも高いお酒を入れ、天井に届きそうなシャンパンタワーを建ててもらった。瑠衣の誕生日には彼が欲しがっていたクロムハーツのアクセサリーを贈り、1本数十万円するようなシャンパンを何本も頼んだ。
もちろん一介の主婦が自由にできるお金がそう多いわけはない。家計をやりくりするなかでためていたへそくりはあっという間に底を尽き、冬美は息子の進学や留学のためにと地道にためていた貯金を使うようになった。最初は数百万あるうちの数万円だけ。しかし一度抜き始めれば、2度目以降のハードルは低かった。1回2~3万円でも、積み重なればあっというまに100万円を越えた。
化粧や洋服、ネイルにも気を使う必要があった。みすぼらしいまま瑠衣の隣にいることは、そのまま瑠衣の格を落としてしまうことになると思った。
貯金はあっという間に底が見え始めた。金策に考えを巡らせるのは面倒だったが、瑠衣のためだと思えば苦労はなかった。やがて冬美は少しだけならと消費者金融でお金を借りるようになる。夫の仕事のおかげか、あっさりと30万円も手に入った。冬美はそれを一晩で使い切った。
冬美には、もう瑠衣に出会うまでの日々をどうやって生きていたのか分からなくなっていた。