<前編のあらすじ>

京子(53歳・独身)は小さな商社の営業課長。両親が同時にがんになって倒れてしまい、医療費の負担を減らすために、同僚が教えてくれた高額療養費制度の申請書を書いていた。
父から、達筆な筆書きで届いた同窓会の誘いの手紙に断りの返事を書いてほしいと頼まれ、筆と墨を買いに行った京子は池袋で「彼ら」と出会った――

●前編:両親が同時にガンに… 50代おひとりさま女性に父が頼んだこと

京子がみつけた「新しい趣味」

月末のある金曜の夜、経理部の梅塚篤は給与計算ソフトに全社員の数字を打ち込み終えた。

勤続30年超えのベテラン営業社員、米倉京子が休職してそろそろひと月がたつ。

入社以来、無欠勤で現場を率いてきた京子が父母の立て続けのがんに見舞われて職場から姿を消し、最初は大混乱していた職場もすっかり落ち着いた。京子が担当していた取引先もすぐに引き継ぐことができ、むしろ活気づく社員もいる。

俺が担当したほうが絶対うまくいくと思ってたよ。やっと米倉さんのミスのフォローしなくて済むわ。

そんな声も聞こえる。

「梅塚、米倉さんに戻って来なくていいって伝えてくれない? 好かれてるじゃん」

そう笑いながら同僚が退勤していく。

「何で俺が……」

モニターをにらんだまま梅塚はつぶやいた。

京子とは業務連絡を兼ねて週に1回電話をしている。父母の抗がん剤治療に同時に寄り添う京子への心配もある。

だが、スマホの向こうの京子は意外なほど快活だった。

介護のつらさも愚痴も言わない。それどころか新しい趣味を見つけたという。

「書道」らしい。

「え、仕事100%の米倉さんが?」

「お母さんの手紙を代わりに書いてあげようと思ってね。筆を買いに行ったらお店の人と仲良くなったの、それでハマっちゃって」京子は職場にいた時と変わらず笑った。

「はは、米倉さんが営業かけられたわけっすね」梅塚も笑い声を合わせた。

そこから書道教室を運営している「彼ら」の話を始めた。

「みんなで教室に集まって写経したりするのよ。字を書くのはセラピーになるらしいわ」

「はあ、みんなで。ご家族のほうは…… いかがです?」写経、という言葉に違和感があった。

「大丈夫よ。どうせ完治までに3年くらいはかかるんだから、早めに復職するわ」

「みんな待ってますよ」梅塚はうそをつくことにした。