自分で標準報酬を下げる給与または賞与内枠選択制

企業型確定拠出年金(企業型DC)は退職金制度のひとつとしてとしてスタートし、掛金は会社が出すものだったはずなのですが、掛け金を企業型DCの掛け金とせず給与に上乗せしてもらう前払い退職金との選択が認められ、それが拡大解釈されて、社員が自らの給与や賞与を原資とする掛け金が出せるような仕組みになっている企業型DCが増えています。

一般的に「選択制DC」と呼ばれることが多いこの仕組みは、給与や賞与を労使合意で減額し、その減額分をライフプラン手当といった賃金とは異なる名目にして、本人が給与に上乗せして従来通り受け取るか、企業型DCに掛け金として拠出して老後資金にするか、を選択できるようになっています。

賃金の引き下げに労働組合が合意するのは奇異な感じがすると思いますが、報酬が下がると課税所得が下がり、住民税や所得税が下がることになり節税の機会提供になる。さらに、本人が企業型DCに掛金として拠出することを選択しなければ従来通りの額の給与等を支払うことになるので、規定上は賃金の引き下げでも、実質は引き下げではないと理解されているようです。しかし、税負担軽減効果を狙って目一杯企業型DCに自分の給与を拠出すると、多くの場合、社会保険料などの算定の基礎となる標準報酬というものも下がります。

標準報酬が下がり毎月天引きされる社会保険料が下がることは、元気に働いている間は嬉しいかもしれませんが、老後に受け取る厚生年金や、病気で休業した時の傷病手当、仕事を失ったときの失業手当なども減ることになります。困ったことが起こった時、つまり金銭的なサポートが必要な時に受け取るお金を自ら減らすことになります。

厚生年金についていえば、40年間、標準報酬月額を5万円抑えたとすると、65歳から受け取る年金額が月額約1万円減ります。たった1万円の話か、と思うかもしれませんが、人生100年といえる時代、この差は想像以上に大きいと私は思います。公的年金は亡くなるまでずっともらえる終身であり、かつ、受け取り開始時期を繰り下げると毎月の受取額が増えます。何歳まで生きるかわからない中で自分が貯めた老後資産を取り崩して生活するとなると、「自分の命の前にお金が尽きるのではないか」という不安がよぎって、想定した取り崩し額を減らしてそれに合わせて生活費を下げ、楽しみを我慢してつつましく暮らす、という行動をとる気がしませんか? お金のことを心配して暮らすことのないよう貯めた老後資産が活かされないのです。

これを目的通りに取り崩し活かしてしていくためには、ひとつの前提条件を満たす必要があります。それが、暮らしにかかるお金の相当部分が、終身でもらえる年金で賄えること、です。暮らしにかかるお金が公的年金で賄えるレベルまで公的年金の受取開始を遅らせて安定的にもらえる公的年金を増やすことが、最強の方法だと思います。日常生活が賄えるとなれば、「ゆとり」部分は可変可能な額ですから取り崩しへの心理的なハードルは下がります。

先ほどの公的年金の月額1万円の差は、5年の繰り下げで月額1万4200円の差となり、10年の繰り下げで月額1万8200円となります。安定的に入ってくる年金収入で毎月2万円もの差がつくのは、痛いですよね。それが亡くなるまで続きます。ぜひ、給与内枠・賞与内枠と言われる選択制DCを利用する際には、95歳、100歳になった自分に思いを馳せ、標準報酬月額が下がるのかどうか、意識していただけたらと思います。