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投信業界のキーパーソンにロングインタビューする投信人物伝。農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)の「おおぶねシリーズ」を運用する奥野一成常務取締役CIO(最高投資責任者)に、これまでのキャリアやファンドへの想いを伺いました。奥野氏はロンドンからの帰国後、長期投資やプライベートエクイティの理想を実現するため農林中央金庫に移籍し、オルタナティブ投資の道に進みます。農林中央金庫ではヘッジファンド投資とプライベートエクイティを担当し、目標にするバフェット流の長期投資の原点を築きます。数あるプライベートエクイティファンドとの共同投資を通し、企業価値を算出することに喜びを感じながら投資先企業の価値創出に尽力。そして、この培った企業価値評価の経験を上場株投資にも活用できるはずと考え、新たなプロジェクトに着手するのです。

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NVICの設立趣意書の中心理念は「経世済民」

長銀で経験した「金融+コンサルティング」、それから農林中央金庫でのヘッジファンドやプライベートエクイティへの投資経験を融合した社内ベンチャーとしてスタートしたアルファプロジェクトは、ウォーレン・バフェット氏のように、売り買いせずにリターンを挙げることが日本でも可能なのかという、壮大な社会実験の始まりでした。

当初は社内においても、「本当にそんなことが可能なのか」という懐疑的な意見もありましたが、2008年のリーマンショックを経て明らかになったのは、私たちのチームが運用したファンドのリターンが、他の日本株アクティブ運用のファンドのリターンを上回っていたことでした。これによって、「売らなくていい企業しか買わない」という運用が、実は正しいのではないかという見方が、徐々に優勢になっていきました。

こうしたなか、ファンドの規模をさらに大きくするため、農林中央金庫の自己資金運用だけでなく、たとえば企業年金やソブリン・ウェルス・ファンド(SWF:政府系ファンド)の運用受託をめざそうと考えるようになりました。そして、農中信託銀行に運用チーム全員で移籍し、運用トラックレコード(運用実績)を蓄積するとともに、それらの外部投資家に対する訴求を開始したのです。最初は理解してくれる投資家も本当に少なかったのですが、実績が上がる中で、徐々に投資家も増えてきました。そうして、長い紆余曲折を経て2014年に、農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)が立ち上がったのです。

農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)立ち上げ時の社内創立パーティーの様子(2015年)

NVICを立ち上げるに際して、私は「設立趣意書」をつくりました。設立趣意書とは、企業理念を明記したもので、この会社を設立した目的、経営方針を明らかにしています(※参照:NVIC公式ウェブサイト)。

私たちの設立趣意書の中心理念は「経世済民」です。「経済」の語源になった言葉で、人々に貢献し世の中を良くするという意味です。価値に基づく資本配分を通じて、世の中を豊かにしたいと思っています。それを実現するために、NVICのステークホルダー3者に対して価値を届けること提示しました。3者とは、投資家、投資先企業、投資コミュニティです。

まず、運用者として投資家に価値を提供するのは当然です。投資先企業には、企業価値に関する建設的な対話を通じて、長期的な価値を提供できればと考えています。そして、投資コミュニティですが、長期投資を可能にするインフラであるとか、人財であるとかが不足していることに対してNVICとしてはなんらかの貢献をしていきたいと考えています。例えば高校や大学での金融教育や、官公庁への協力などがこれにあたります。このような一見、関係がないように見える価値提供が長期的にはブーメランのように私たち事業にポジティブな働きをしてくれるものと信じています。

企業が長期的に生き残るためには「設立趣意書」にあるような企業理念や哲学が不可欠です。それこそが長期的に有能な人財を惹きつけ、育むからです。銀行の子会社のくせに独自に設立趣意書をつくることに反発もありましたが、絶対に譲れませんでした。なぜならNVIC自体の持続性を担保できなければ、長期投資など絵に描いた餅にすぎないからです。