かれこれ35年、アパレル系のデザイン会社で働いている田所洋子さん(仮名)。職場では仕事を回すキーマンとして絶大な信頼を集めています。もうすぐ還暦とは思えないエネルギッシュな物腰が印象的。弾けるような笑顔からも、人生をエンジョイしている様子が伝わってきます。

そんな彼女がつい数年前、うつ病になりかけたというのだから世の中は分かりません。理由はなんでも「田所家の経済危機」。冗談めかした言葉の次にはふいに表情を曇らせて、当時の顛末を語ってくれました。

<田所洋子さんプロフィール>
関東在住
50代後半
女性
会社員・事務職
結婚歴なしのシングル
金融資産5000万円 

元気だった母が突然亡くなり、たった1人の相続人としてまとまったお金を受け取ったのは、10年ほど前のことです。遺産はだいたい5000万円。私はもともとお金のことってよく分かりませんし、見たこともない大金でしたし、ありがたい半面、どうしたものかと思い切り戸惑いました。

最大のテーマは、どうやって殖やすかではなく、どうすれば守れるか。結局、専門家に相談するのが一番だろうと、それまでは縁もゆかりもなかった証券会社を訪ねてみたんです。しょっちゅう名前を見る大きな会社なので、特に不安はありませんでした。

いかにも頭が切れそうな、それでいて人当たりのいい、吉岡さん(仮名)という男性にいろいろ質問された後、勧められたのは投資信託です。あまり深くは考えませんでした。専門家がこうまで熱心に言うんだからと、リストアップしてくれたうちの数本を買うことにしました。

担当の営業マンは、その後も時々電話をかけてきては、あれこれと投資商品を勧めてきました。私はその都度、やっぱり深く考えずに「吉岡さんがおっしゃるなら、そうします」と応じたものです。

お恥ずかしい話ですけど、あの頃の私はその吉岡さんを営業マンとして信用していただけでなく、ちょっと惹かれていたんです。優しくてスマートで、しかもおしゃべりが上手。10歳以上も若い人ですから、異性としてそこまで意識したわけではありませんけど。韓流スターに憧れるみたいな気持ちでしょうか。

雑談のついでに「田所さん、ずっと独身てほんまですかー。信じられへんなぁ」なんて言われて、久しぶりに甘酸っぱい気分になったこともありましたっけ。ちょっと厚かましいことでも、軽妙な関西弁でするする言われると逆に心地よかったりするから不思議です。……なんて、今思うと理性がどこかふやけていたんでしょうね。

それでも、投資信託の買い換えを勧められることが続いたときには、「あれ?」って思いました。毎月分配型のファンドをさかんにプッシュしたと思ったら、さほどたたないうちにクラウドだのゲノムだの、「次の旬」への投資を促すんです。基本は長期投資だって教えてくれたのにと疑問を口にしたら、返ってきたのは「世の中、常に動いてるんですわ」という言葉。「諸行無常て言うでしょう。マーケットもおんなしです。うまいこと流れに乗らないけません」。

もっともらしいことを言われて、そういうもんかと納得しちゃった。われながら浅はかだったと思います。