互いの本音を認めた2人

宿に着いたころ、空は夕暮れの色に染まり始めていた。

智輝は黙って2人分の荷物を降ろし、迎えに出た宿の人へ頭を下げた。

「到着が遅くなって、すみません」

その丸まった背中を見て、志桜里は胸が少し痛んだ。旅行を楽しみにしていたのは、自分だけではない。お気に入りの車で一緒に出かけられることを、智輝は何日も前から心待ちにしていた。

「ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます」

客室へ入ると、窓の向こうに青々とした山が広がっていた。傾いた夕日が稜線にかかり、深い緑の上へ赤や金色の光を落としている。予定どおり観光を続けていれば、この時間にはまだ外を歩いていたかもしれない。

「キレイ……」

もちろん故障してよかったとは思えない。楽しみにしていた旅行の予定が潰れた悔しさも、車への不満も消えてはいなかった。それでも、今日1日がすべて無駄だったわけではない。志桜里の中で張りつめていた気持ちが、少し緩んだ。

「智輝」

ベッドの近くに荷物を置いた智輝が、こちらを振り返る。

「私、怒ったことを悪いとは思ってないわ。ビンテージカーのリスクを考えてなかったことも、私が運転できない車を選んだことも……勝手だったと思ってる」

「うん」

「でも、あなたが大事にしてるものを、あんなふうに悪く言う必要はなかった。ごめんなさい」

智輝はしばらく黙ったあと、窓辺まで歩いてきた。

「俺も悪かった。志桜里はあまり車を使わないから、俺が送れば済むって簡単に考えてた。結局、俺の都合で決めてたんだよな」

志桜里が任せると言ったことで、智輝は了承を得たつもりになっていたらしい。それでも、夫婦で使ってきた車なのだから、具体的な車種やデメリットまで話すべきだったのだろう。

「今すぐ手放してとは言わないわ。でも、このままじゃ安心できない」

「分かってる。帰ったら、使い方も整備のことも改めて話そう」

「そうね。明日は予定を詰め込まず、ゆっくり回りましょう」

「それがいいな」

そう言って智輝は志桜里の隣に並んだ。山の稜線に重なる夕日が、2人をやわらかく照らしていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。