曖昧な答えに募る不信感
家族4人で簡単な夕食を囲んだあとも、父はさっきと同じように座椅子に腰かけていた。
「なあ親父、具合はどうなんだ」
「どうもこうもないよ」
父の返事は、どこか気の抜けた調子だった。埒が明かないと思ったのか、毅は母を振り返る。
「母さん、親父の病気のこと、もう1回教えてくれる?」
「……末期がんで、余命も長くないかもしれないって。でも、海外で手術を受ければ助かる可能性があるとも言われたのよ」
「それって、医者から言われたの?」
「そう。お父さんが、先生からそう聞いたって……」
そこで、伊代は父に向き直った。
「お父さん、1人で病院行ったの?」
「ああ」
「どこの病院? 今度私が付き添うよ。一緒に先生の話聞きたいし」
「……いや、いい。お前も忙しいだろ」
「そういうわけにはいかないって……それで、どこの病院?」
「あー、あれだ、あそこの市立病院……」
父は毛布の端を指でつまみ、視線を畳に落とした。体調が悪くて話すのがつらいというより、純粋に口ごもっているように見える。
「市立病院で検査して、末期がんって言われたんだよね? 何のがんだったの?」
「えーっと、ほら肺だよ。肺がん」
「肺がん……ねえお父さん、もっと大きい病院で精密検査とかしたほうがいいんじゃない?」
「そんなの必要ない」
「必要ないって……」
伊代が軽く呆れていると、横から毅が静かに口を挟んだ。
「俺も姉ちゃんに賛成だな。親父、レントゲンとかCTの写真ないの? 検査したんだろ?」
「え? ああ、うん……したけど、そういうのはもらってないな」
「じゃあ、今度そのデータもらおう。で、それ持って、大きい病院でセカンドオピニオン受けよう。親父、市立病院の先生の名前教えて」
「あー、それは……あとで確認しておく。今は体調が悪い。この話は一旦これで終わりだ」
咳ばらいをして会話を切り上げた父を見て、伊代の中に違和感が芽生えた。
なぜか父は、治療に対して消極的だ。それに肝心な質問ほど曖昧に濁している。挙動がおかしいのは、本当に病気のせいなのだろうか。
「最後に1つ聞いていい? 海外で手術って言うけど、具体的にどこの病院なの」
「向こうの、専門のところだ」
「どこの国?」
「海外は海外だろ」
父が少し苛立ったように返した瞬間、伊代の中で何かが切り替わった。じわじわと怒りに似た感情が込み上げてくる。
「こんな大事な話なのに、どうして何も分かってないの。自分の身体のことでしょう。どうしてもっとちゃんと聞かなかったの」
矢継ぎ早に尋ねた伊代に、父は返事をせず、顔をそむけた。
その横顔に浮かぶ表情からは、大病や余命宣告への絶望は感じられない。おそらく毅も同じことを感じたのだろう、そっと目配せをしてきた。
伊代は静かに頷き、父を問い詰める決意を固めた。
●母からの突然の電話で、父が末期がんだと知らされた伊代。仕事を切り上げて実家に駆けつけるも、病名も病院名も曖昧にしか答えない父に、伊代と弟・毅は不信感を募らせていく。父が隠している“本当のこと”とは…… 後編【「許さないから…」父の末期がん告白が壮大な嘘と判明した日…あまりに情けない“本音”とは?】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
