「不倫」の疑念が膨らむ智子

食後、彼が風呂に入っている間、智子はリビングの片隅に置かれた書類の束を片付けながら、ふとテーブルに目をやった。

「あれ?」

いつもなら、食後は無造作に置かれているはずの勇樹のスマホが、そこにない。一瞬、手が止まる。キッチンにも、充電ケーブルの近くにも見当たらない。ふと時計に目をやる。入浴から、もう20分は経っている。長風呂なんて珍しい。

仮に風呂へスマホを持ち込んでいたとして、特段責めるようなことではない。しかし、妙に落ち着かない気分だ。

誰かと、やりとりをしているのだろうか。

ふと智子の頭に浮かんだのは、昨日の昼休みの同僚との会話だった。

職場の給湯室。何気なく「最近ちょっと夫が変でさ」と漏らしたとき、同僚が冗談めかして言った一言。

「不倫じゃない?」

ほんの冗談。いつもの笑い話の流れだった。そんなはずない、とそのときは笑って返した。

――でも、今は。

目の前にある違和感が、その冗談をじわりと現実味に変えていく気がした。考えたくない想像に、理性がすぐにブレーキをかける。

「……まさかね」

自分にそう言い聞かせながらも、ざらついた紙の束を引き出しにしまう手がかすかに震えた。冷蔵庫のモーター音が、いつもより大きく感じられる。勇樹が風呂場で立てる水音が、なぜか遠く聞こえた。