恋人が持ってきたのは
久しぶりに2人揃った休日、拓人が小さなノートを手に話しかけてきた。
「梨香ちゃん、これ見てくれる?」
「なに?」
「返済計画……自分なりに、だけど」
照れくさそうに差し出されたノートには、素朴な文字で、月ごとの返済額と支出の内訳が書かれていた。
「すごいじゃん、拓人」
梨香は素直にそう声をかけた。
すると、その一言で、彼の顔が少し誇らしげになるのがわかった。素直な反応が可愛い、今回は心からそう思えた。
それから、梨香たちはノートを広げたまま、ふたりで家計簿アプリをダウンロードして、共有設定をした。生活費、交際費、交通費、それに貯金項目まで細かく分けた。思っていたよりも話はスムーズで、むしろ楽しかった。
「なんか、パートナーって感じがするね」
梨香が笑いながら言うと、拓人は「ようやくスタートラインに立てた気がする」と真顔で言った。
こうして梨香たちの間に新しいルールが生まれた。外食は月に2回までにしようとか、急な出費に備えて予備費を作ろうとか、未来の話をする時間が少しずつ増えていった。
それでも、梨香たちらしさは失いたくなかった。たまの贅沢、たまの息抜きは必要だ。
だから、次の給料日が過ぎた週末、梨香は久しぶりに拓人をライブに誘った。小さなライブハウス。ステージの上で光を浴びるバンドマンたち。激しい音の波に飲まれて、梨香たちは生き生きと躍動した。
その帰り道、拓人がぽつりと言った。
「この感覚、やっぱり好きだな」
「うん。私も。これがあるから、また頑張ろうって思えるんだよね」
心地よい夜風に吹かれながら、梨香は拓人の横顔をそっと見上げた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。