<前編のあらすじ>

30代の梨香は4つ年下の拓人と交際を続けている。出会いはインディーズロックバンドのライブだった。自身もバンドをやっていた拓人と意気投合し、すぐに交際に発展。今では同棲もしている。

結婚の2文字も頭によぎるのだが、梨香には悩みがあった。25歳までプロを目指し活動を続けていた拓人の収入が低いことだ。

カードの支払いにも困っているありさまだ。ある日も7万円の支払いを建て替えることになった。「しょうがない」そう思う梨香だが、徐々に様子がおかしくなってくる。

拓人からの返済が滞るようになったのだ。問いただすと「信じてもらえないのか」と拓人は不貞腐れだす。そんな姿にかわいらしさを抱く一方で、この先の生活に梨香は言いようのない不安を覚え始めていた。

前編:「カードの支払いが…」アラサー女子を悩ませる同棲中の元バンドマン彼氏がした情けなさ過ぎるお願い

どうしようもない……

なかなか寝付けずにいる梨香の隣で、拓人は健やかな寝息を立てていた。彼の寝顔を見ていると、怒りよりも先に、どうしようもない切なさが胸に広がる。朝、起きたら彼は何事もなかったかのように振舞うのだろう。負の感情を引きずらないのが彼の長所だが、今回ばかりはこのままではいけないと梨香は確信していた。

そっとスマホを手に取ると、ためらいながら画面を開く。拓人の知らない裏アカ。普段は、主にリアルで話すとマウントになりそうな、たとえば彼の愛情弁当の写真とか惚気系の投稿が多い。

「同棲中の彼が立て替えたお金をなかなか返してくれないんだけど。また催促するか迷う」

こんなふうにネガティブな投稿をするのは久しぶりだ。投稿ボタンを押したあと、梨香はすぐに画面を閉じて布団に潜り込んだ。

翌朝、目覚ましの音とともにスマホを開くと、想像以上の反響があった。

「お金のことは早めにきちんと話し合ったほうがいいよ」

「結婚してから揉めたら、もっと面倒」

「彼は本当にあなたのことを考えてる?」

通勤中に目を通すと、どれも概ね彼との話し合いを勧める内容だった。たかがSNS、と思いながらも、梨香は心から愚痴を漏らしてみて良かったと感じた。

同棲を始めて半年。拓人との暮らしは、梨香が想像していたよりもずっと楽しくて、幸せだった。梨香は、拓人のことが好きだ。彼のまっすぐな眼差しも、不器用な優しさも、音楽を語るときの情熱も。年下であること、収入に差があること。そんなの関係ないと思ってた。だが、これからのことを真剣に考えるなら、「好き」だけでは済まされない問題も、ちゃんと乗り越えなきゃいけない。

今日帰ったら拓人と話をしよう。もう一度。