アユンにささげた時間は……

満里奈にとって仕事は、アユンのためにするものだった。給料の大半は推し活に費やされたし、出演番組の時間に間に合わないから残業や飲み会は断った。とはいえ勤務時間もやる気があるわけではないから、後輩のほうが先にチーフに上がり、7年目の満里奈はいつまでも下っ端。

ただ時間をお金に変えるだけの営みなのだから、それでよかった。よかったはずなのに、間違っていなかったのかと自問すると自信をもって首を縦に振ることはできなかった。

「だってほら、宏美なんて今は社長でしょ。今日は仕事で行けないって言ってたけど、先々週かな、たまたまばったり会ってね。かっこよかったよ」

宏美も満里奈たちの同期で、4年前に辞めていた。もともと独立志向の強かった宏美はEコマースの事業を起こし、それなりに成功していると、社内で誰かが話しているのを少し前に小耳にはさんでいた。

「いいよね。だから子供が小学校上がったら、私も仕事復帰しようかなって思ってるんだ」

「へえ、そんなこと考えてるんだ」

「うん、子供の将来のためにもお金は必要だし。私も今のうちからちょっと資格の勉強とかしておこうかなって考えてるの」

佑香の言葉に満里奈はハッとした。

佑香はしっかりと前を見据えている。ここにいる全員がそうだ。皆それぞれの目標に向かって行動をしていたのだ。

しかし、満里奈には目標なんて何もなかった。ただアユンのためにどれだけ時間とお金を使えるかしか考えていなかった。

仕事はアユンのための資金調達で、恋愛は時間の無駄だと思っていた。

結果、満里奈は7年間、時間を無駄に浪費していたということに気付く。

アユンがいたときは充実しきっていたと思っていた7年間が、今はまったくもって空虚な時間になっていた。

理由は分かっていた。満里奈はアユンの努力や充実感を、自分の人生の充実感にすり替えてきた。アユンが嬉しければ一緒に喜び、悔しい思いをすれば一緒に悔しがる。そういえば聞こえはいいかもしれないが、つまるところ満里奈は自分の人生を、アユンに押し付けて生きていた。

そう思ったら、なんだか泣けてきて、もうすぐ式が始まるというのに満里奈はお手洗いに逃げこまざるを得なかった。

●アユンにささげた時間は無為だったと悲嘆にくれる満里奈だが、後輩である智美とのふとした会話がきっかけとなり、新たな生きる目標を見つけ出す。後編【「…情けないな」推しを現実逃避の道具にしていたと悔いる女性が見つけた「人生の目標」とは?】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。