同級生との結婚を断念して独身を貫いた兄
唯一、兄が父に反旗を翻したのは結婚に関してでした。兄には高校時代に同級生だった恋人がいて、その女性との結婚を願っていたのですが、これには父が猛反対しました。その女性が郷里の町でスナックを経営するシングルマザーの娘だったからです。
地主の父の耳にはスナックのママの悪評が入っていたらしく、「そんな女の娘をうちの跡取り息子の嫁にはできない」と一刀両断だったそうです。
これには当時大学生だった私や弟もあきれ果て、法学部だった弟に至っては「お父さん、日本国憲法の24条1項に『婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する』って規定されているの、知らないの?」と食ってかかりましたが、父にはそんなものはどこ吹く風でした。
結局、兄はその同級生との結婚を断念し、同級生は数年後に兄への当てつけのように別の同級生と結婚し、町を出ていきました。
兄はその後、父や親戚筋、取引先などが持ってくる縁談に一切関心を示しませんでした。そして、年少の私や弟が所帯を構えても、1人独身を貫いていたのです。
そんな兄が急死したのは、父が亡くなった5年後でした。くしくも、死因は父と同じ急性心疾患でした。
「お兄さんはお父さんと全然似ていないと思っていたけれど、やっぱり親子だから体質は似ていたのかもしれないね」。わが家と付き合いの長い不動産屋の社長が、人当たりの良かった兄をしのんでそんな言葉をかけてくれたことを覚えています。
実際、父の陰に隠れて地味な存在だとばかり思っていた兄の葬儀はコロナ禍で家族葬の形を取ったにもかかわらず、100人を超える参列者がわざわざ焼香に足を運んでくれ、兄の生前の人望の厚さをうかがわせました。
兄が父から相続した財産について、とんでもないトラブルが発生したのはその葬儀の直後のことでした。
●家業は向後さんと弟が引き継ぐことになりましたが、相続は“ある人物”の登場により段々と複雑になっていきます。後編【冗談じゃない…地主一家の相続で起きた家族の分断、全財産を要求する“疫病神”の正体とは】で詳説します。
※個人が特定されないよう事例を一部変更、再構成しています。