新デザインの日本銀行券の発行(以下、「刷新」とする。)が7月3日から予定されている。

刷新が公表されたのは2019年4月9日、当時の麻生太郎財務相の閣議後の記者会見時だ。翌10日の衆議院財務金融委員会で示した試算によれば、刷新に伴う危機対応に約7700億円が見込まれている。先行して実施された新500円硬貨の対応に約4900億円が必要と見積もられているため、機器対応だけで1兆円超の特需が発生することとなる。

刷新は国民生活に直接関係する事項ゆえ、幅広いセクターに正負さまざまな影響をもたらす。よって本稿では、機器のみならずそれ以外の範囲を含めた大まかな動向を簡単に予測したい[敬称略]。

まず、公的セクターを含め、刷新が恩恵をもたらす業種・業界を挙げたい。これらは、①肖像画に関係する業種・業界と、②現金取扱いに関係する業種・業界、に収斂(しゅうれん)されると考える。

図表1:肖像画に関係する恩恵業種・業界[順不同]

 ジャンル

 例

⑴ 商品・  特産品など

 伝記・加工食品など      キャラクターグッズ

  ⑵ 所縁の地

旅行・食料品・ふるさと 納税・テレビ番組など  "現地もの"

⑶ 事業所・   学術機関

宣伝効果による受験者・取引増など

 

 

最初に前者①だが、主に3つの切り口に関係する業種・業界に恩恵をもたらすだろう。

最も分かりやすいのは内訳の⑴で、イラストなどが今風の萌え系に改訂された伝記や、「誰も知らない津田梅子」のような新書・ムック本などが刊行されるだろう。これらが小中学校や公的図書館などに納入されるほか、読書感想文の課題図書などに選定されることで、出版業界や書店などに、相応の経済効果をもたらすだろう。

食品に代表されるキャラクター商品も提供が続くだろう。新たな総理大臣の就任のたびに報道される饅頭が代表的であり、岸田現首相についても「キッシーはちみつ饅頭」などが製品化されているが、紙幣に新たに登場する3名についても、既にいくつかが製品化されている。中でも渋沢栄一は、ほうとう・日本酒・クッキー・マグカップなど饅頭以外のグッズも広がりをみせている。津田梅子や北里柴三郎を含め、商品はさらに広がっていくだろう。

7月3日に前後してこれらの商品が報道されれば格好の宣伝となり、全国から相当数の引合いが寄せられるようになるだろう。したがって、グッズの製造元や販売店などに相応の経済効果がもたらされるだろう。

次に内訳の⑵だ。刷新後には、シルバー層などを主要顧客層に見込んだバスツアーなどが相当数設定・実施され続けていくだろう。渋沢栄一の出身地である埼玉県深谷市には、2021年の大河ドラマ「青天を衝け」の放送に合わせて、2022年1月まで「深谷大河ドラマ館」が開設されていた。同地には、東京駅に似せた深谷駅のほか、渋沢栄一記念館や日本煉瓦製造株式会社の旧煉瓦製造施設などがあるため、これらを周遊するツアーなどが見込まれる。

農産物に代表される特産品も、販売を伸ばすだろう。津田梅子の出身地である千葉県佐倉市には、つくいも(大和芋)など、北里柴三郎の出身地である熊本県小国町にはジャージーソフトクリームなどがある。これらの売上も伸びるだろう。

出身地の自治体としては、郷土の偉人であるこれら3人にできる限りスポットを当てることで、観光振興のみならず、ふるさと納税による税収増を企図していくだろう。深谷市には既に「渋沢栄一政策推進課」が組織手当てされており、戦略的な売込みが図られている模様だ。令和6年度の深谷市の市債予算は27億5360万円だが、保有する投資家にとっては、税収増が直接的な加点要因となろう。

渋沢栄一については、深谷市以外も東京都板橋区、岡山県井原氏などが“所縁(ゆかり)の地”としてふるさと納税をアピールしている。北里柴三郎についても、熊本県小国町がふるさと納税の返礼品に北里柴三郎記念館の限定品である博士だるまを含めている。

そうした一方で、津田梅子の出身地である千葉県佐倉市や津田塾大学発祥の地である東京都千代田区、現在の津田塾大学の本部所在地である東京都小平氏ではそうした取扱いがなされていない。それゆえに、今後、自治体が何らかの動きを示す可能性もあろう。

これら所縁の自治体には、テレビやインターネット番組などの街ぶらロケが増えることも見込まれ、その視聴者などがロケ地を訪問する効果も期待される。エンドユーザー向けの飲食店や商店が代表的だが、体験型施設や宿泊施設なども、一定の恩恵を享受できよう。

図表2:肖像画の3名と関係を有する学術機関[順不同]

  新札の人物

  例

           渋沢栄一

(一万円札)

一橋大学、工学院大学、東京経済大学、日本女子大学、東京女学館、拓殖大学

     津田梅子

  (五千円札)

津田塾大学

 北里柴三郎

(千円札)

慶應義塾大学、北里大学

 

最後に内訳の⑶だ。肖像画の3名には、いずれも学術機関の設立や拡充に関わりがある[図表2]。これらに改めて光が当たることで受験生からの注目度もおのずと高まるため、結果として受験者が増加し、受験料収入増をもたらそう。

事業会社では、渋沢栄一が設立を指導した第一国立銀行をルーツの一つとするみずほ銀行や、発起人の一人に北里柴三郎が名を連ねるテルモなども、改めて投資家から注目されることとなろう。公知のとおり、渋沢栄一は第一国立銀行を通じて多くの事業会社の設立にも関わっているため、これらを関連付けた投資信託などが組成される可能性もあろう。

図表3:現金取扱いに関係する恩恵業種・業界[順不同]

  対応

 

⑴改修・更新

(ATMを含む) 現金収納・支払機

⑵現状維持

(貼付用)印刷、キャッシュレス

 

次に後者②については、機器に関連した特需がもたらされよう。あえて言えば、2つの切り口に分けることが可能だ[図表3]。

内訳⑴は直接的な改修対応だ。真っ先に連想される銀行ATMは、既にほとんど改修を終えている。刷新公表の2019年4月から既に5年超が経過しており、公表以降に新型コロナの感染拡大局面があったものの。さすがにこれだけの期間があれば改修対応可能だったためだ。

JRや全日空など大手公共交通機関の券売機、コカ・コーラなど大手飲料ベンダーの自動販売機、セブンイレブンなどコンビニエンスストアの現金支払機や電子マネーチャージ機なども、既に改修対応を終えているだろう。したがって、中小企業・小規模事業者向けの券売機などの改修や、改修できない場合などの更新(買換え)対応を残すのみと見込む。

実際の機器改修費用は、機器1台当り10万円前後から300万円台まで幅がある。改修ではなく更新を選択した際にも、50万円前後から1000万円近くを要する。このため東京都葛飾区では、刷新後の新紙幣に対応した機器の改修または更新を行った区内の中小店舗を対象に、機器1台当り30万円を上限として費用の半額を負担する支援を実施している。愛知県大口町でも、中小企業者に対しほぼ同じ内容の助成を行っており、こちらの上限は50万円だ。

内訳の⑵は、機器の改修や更新を行わない場合に恩恵がもたらされる業種・業界だ。真っ先に連想するのは、券売機などに「新デザインの紙幣は使えません」などのシール(ステッカー)を貼付する対応方法となろう。改修や対応を行わない場合の特需だ。

先に触れたとおり、2021年には新500円硬貨が発行されているが、今回の刷新が予定されていたため、刷新時期に合わせてまとめて改修する予定としていた小売店なども多い。各種調査によれば、新500円硬貨だけで先行改修した機器は全体の7割前後にとどまっていた模様だ。物価の高騰に伴い、修繕や更新費用を負担できないと判断し、機器に「新紙幣は使えません(旧紙幣に交換します)」などのシールを貼ってしのぐ対応などが見込まれる。

それらの一方で、この機に思い切って、一足飛びにキャッシュレス化を図る向きも認められよう。関係業者にとってはまたとない商機のため、端末導入などの初期費用を割り引くキャンペーンなども展開されている。

 

次に、公的セクターを含めた刷新が損害をもたらす業種・業界を挙げたい。分かりやすく伝えられるよう、➊肖像画に関係する業種・業界と、➋現金取扱いに関係する業種・業界、に分けて捉えたい。

前者➊については、福沢諭吉・樋口一葉・野口英世の出身地である大分県中津市・東京都千代田区・福島県猪苗代町の関心が薄れることになろう。シルバー層向けのバスツアーなども減少することが見込まれるため、地域内のエンドユーザー向け店舗などが損害を被る事象を見込む。

後者➋は、恩恵に与れる業種・業界への支払いにまつわる動向だ。エンドユーザー向けの小規模店舗が代表的だが、後継者の不在に代表されるように、ただでさえ廃業理由にはこと欠かないため、刷新を潮時と捉え、事業休止などの決断に至る事象も見込まれる。

キャシュレス化すれば良いという意見が聞こえそうだが、確かに現金取扱業務から解放されるものの、それに代えて一定の手数料が求められ続ける決断が迫られる。対応には、店員が数あるクレジットカード・電子マネー・資金移動業者(いわゆるPayもの)の対応可否を熟知する必要があるだけでなく、入金も即座ではなくなる。つまるところそう単純ではなく、中堅規模の飲食事業者でも手数料や事務対応を嫌気してこれらの全部または一部を取り止める動きもみられる[写真、筆者撮影]。

 

 

最後にままみられる誤解について補記したい。今回の刷新によって切り替えられる新デザインの紙幣は、いずれも旧デザインのものと同一の大きさ(=高さ×幅)だ。よって有り体に言えば、財布業界に特需はもたらされない。

また、ATMについても(旧デザイン・新デザインの区別に沿って)別の“箱”に格納されるわけではない。従って、金属業界に“箱”の特需ももたらさない。20年前の現行紙幣の発行開始時には、1年で約6割が新デザインに切り替わった経緯がみられる模様だ。従って、特に刷新後1~2年は、ATMで現金を下ろした際に新旧双方の紙幣が取り出し口から顔を出すことになろう。