<前編のあらすじ>
冨美子(76歳)は、1年前に夫に先立たれてしまった。娘夫婦もめったに顔を見せず、電話をかけても邪険にされることから、寂しさを感じる日々を送っていた。
本格的な夏がやってきて、気温が高まったある日、冨美子熱中症で病院に搬送される。救急隊員や看護師たちは優しく、連絡をもらって駆けつけた娘も仕事を休んで入院中の冨美子のそばにいてくれて、何にも代えがたい幸せな2日間となった。
しかし退院して家に帰ってくると、また寂しい日常が始まった。そんな折、救急車を呼んだ時の“緊急通報ボタン”が目に入る。その瞬間、冨美子の脳裏に「ある考え」が浮かんだ……。
●前編:「突然視界がぐるぐると…」高齢者の熱中症、夫を亡くした70代女性が入院中に考えた“はた迷惑な”行為
緊急通報ボタンを押しただけ
玄関が開き、救急隊員が家の中に入ってきた。
「大丈夫ですか⁉ どうしましたか⁉」
「うう~胸が痛い~……」
冨美子は床に寝っ転がりながら胸を押さえて痛みを訴える。救急隊員たちは冨美子をすぐに担架に乗せ、病院へと搬送した。
しかし実際のところ、胸はこれっぽっちも痛くなかった。ただ緊急通報ボタンを押しただけ。こうすれば、また病院に搬送され、入院をすることができると思った。最初に搬送されたときは意識がもうろうとしていたせいで覚えていなかったが、救急車の中はこうなっているのかとしげしげと見渡した。
「お名前は言えますか?」
救急隊員が話しかけてくる。冨美子はそれに答える。
「もちろん、今野冨美子です」
「生年月日をお願いします」
冨美子は聞かれたことをスラスラと答えていった。救急隊員たちは何か目配せをしたように見えたが、これからやってくる幸せな時間を思うと、冨美子は胸が躍るばかりで、そんなことはすぐにどうでもよくなった。