義母の涙
車に乗り込むが、幸子はうつむいたまま何も言葉を発しない。愛実や武敏もいら立ちや悔しさを抱えていたので、その感情をそしゃくするため、何も幸子に言葉をかけなかった。結果、無言のまま車は発進し、そのまま家まで10分とかからずに到着する予定だった。
しかしその途中、武敏は人気のない道に車を止めた。
「……何やってんだよ?」
怒りと困惑の入り交じった声だった。
それが幸子に向けられたものだと本人はすぐに察知し、表情が硬くなる。
「何でそんなに金が要るのか? 万引をしないと生活ができなくなるくらい、パチンコに金をつぎ込んだのか? そんなに楽しいのか、パチンコは⁉」
武敏の怒声を聞き、幸子はズボンをぎゅっと握りしめた。
「じゃあいいよ! そんなに楽しいなら、俺が金を全部渡してやるよ! それで死ぬまで楽しんでたらいいよ!」
武敏は叫んだ後、ハンドルに顔を押しつけた。肩が震えている。愛実は見てはいけないと思い、目をそらす。
幸子は苦しそうに目を閉じていた。愛実はそんな幸子に語りかける。
「お義母(かあ)さんが幸せなら、私たちはどんなことでも力になりたいと思っています。それは分かってくれますね?」
幸子はうなずいた。
「でも、今のお義母(かあ)さんを見て、お義父(とう)さんはうれしいでしょうか? お義父(とう)さんが大好きだったのは、今のようなお義母(かあ)さんですか?」
幸子は首を横に振った。
「万引なんてするような人、お義父(とう)さんは好きになるわけないですもんね」
幸子は目から涙を流して、うなずいた。
「お、お父さんが亡くなって、私、1人になって……。な、にをすればいいのか分からなくなって……」
幸子はぽつりぽつりと胸の内を語り出した。
「いつも朝起きたら、夫の様子を見に行って、それで朝ご飯を作って、夫の介護をしてたのに。急に朝起きたら夫がいなくなってて、それで何をしたらいいのか、分からなくて、寂しくて……!」
愛実は両手で口を覆った。
幸子はしっかりもので、義父はいつも幸子に頼りっきりだと勝手に思っていた。しかし、幸子は幸子で義父の存在に依存していたのだ。
紛れもなく2人で支え合って生活をしていた。愛実も武敏もそれに気付いてなかった。
「ごめんねえ、ホントにごめんね、みんな。私はいったい、何をしているのか」
むせび泣く幸子の声を聞きながら、武敏は再び、車のエンジンをかけた。