息子と登山のどっちが大事なの?

2日後、トムラウシ山から降りてきた夫から折り返しの電話があった。

「何度も電話があったけど、どうしたの?」

「どうしたのじゃないでしょ!」

夫ののんきそうな声を聞いた瞬間、瞳の怒りが爆発した。こんな大声を出したのはいつぶりだろうか。結婚してからは一度もなかった気がする。

「あなたが山に行ってるあいだ、直太朗が高熱出して大変だったんだから! 私、ひとりで直太朗を連れて病院行ったんだよ。40度以上の熱が出て、直太朗が死んじゃうかと思ったんだから! 心細くて何度も電話したのに、あなたぜんぜん電話でなかったじゃない!」

「ごめん、山の中にいたから電波が届かなかったんだと思う……」

「そんなこと知るわけないじゃん! ていうかさ、3歳の子どもがいるのに5日間も登山で家空けるとか意味分からないんだけど! 私は『山に行ってもいい』とは言ったけど、無制限でどこにでも行っていいなんて言ってないよね?」

「ちょ、ちょっと待って。そんなに大声出さないでよ」

「大声ぐらい出すでしょ! あなた、留守中に直太朗が死んだらどうするつもりだったの! 直太朗と登山、どっちが大事なの!」

瞳のけんまくに圧倒され、夫は黙り込んでしまった。夫は弁が立つ方で、瞳はやり込められてしまうことが多いのだが、今回だけは違った。瞳が本気で怒っているということが夫にもしっかりと伝わっているようだった。