夢見た仕事、でも現実は…

そもそも広告代理店に入ったのは学生時代に見たドラマがきっかけだった。主人公が自分のアイデアでヒット作品やCMを作るというそのドラマに篤史は夢中になる。

そこから広告代理店で働くことを夢見るのは至極当然のことだった。しかしドラマで見たような大きな仕事をやれるのは超大手の広告代理店のみ。最初はその現実に落胆したが、幸運な点もあった。

ネットの普及により、Web媒体でのみ配信するCMなどの仕事を請け負えるようになったのだ。

もちろん、憧れていたものとはかけ離れている。いつか自分がデザインしたポスターが都内のビルにでかでかと貼られるようなことはない。それでも自分の作品がネットという場所に発信できているということにやりがいを感じていた。

そうして篤史は仕事を誰よりも頑張り、今ではディレクターを任されるまでになった。

しかし喜んでばかりはいられない事情もある。篤史がパソコンで編集作業をしていると、上司から呼び出しを受ける。

「木下、この企画なんだが、お前、やってくれよ」

その瞬間に脳が固まるような感覚になる。

話を聞くと、先輩社員が担当だったのだが、納期に間に合わないと上司に泣きついたらしい。

「だからさ、お前が代わりにやってくれ。納期が差し迫っているから、こっちを最優先でさ」

上司は簡単に提案するが、その納期の迫った最優先事項を篤史は現状で幾つも抱えていた。しかしクライアントからの仕事を無碍(むげ)にするわけにもいかない。

結局、篤史は渋々この仕事を請け負う。

また……残業か。

そこで篤史は定時に帰った記憶を思い返そうとする。しかし全く記憶になかった。もしくはそんなことは一度もないのかもしれない。

そしてこんな経験を千穂はしたことがないのだろうなと思っていた。