見たこともない玲子の表情

亜里沙と別れて歩は帰宅をした。玄関に入るとリビングの明かりが廊下に漏れ出ていた。

リビングに入ると玲子が椅子に座っていた。

「……何だよ、起きてたのか」

歩は夢から覚めたような気持ちになった。

「お酒、飲んでたの?」

「ああそうだよ。付き合いだからな」

「ウソばっかり。女と飲んでたくせに……!」

歩が思わず顔を上げると、玲子は見たこともない形相をしていた。

「……何言ってんだよ?」

「気付いてないとでも思ってた? 私の事、ばかにしないでよ」

いつでも離婚してやると亜里沙には宣言していた。あれは強がったわけではなく本心だった。しかし目の前の玲子の迫力に歩はおじけづく。

「ご、誤解だって……」

「誤解? 私が何も知らずに適当な言いがかりをつけてるとでも思ってるの⁉」

玲子はそう言って、写真を机にぶちまけた。そこには歩が亜里沙と仲むつまじい様子で歩いている様子が写されている。しかもその中の数枚はホテルへの出入りの様子まで収められていた。

「ど、どうしたんだよ、これ……」

「探偵雇って、調べてもらったのよ。これでよく誤解だなんて言えるわね……!」

玲子は低い声で歩をなじる。

「と、とにかく後で話し合おう。今は、ちょっと、疲れているから……」

「そうですか。それじゃ私たちは明日の朝に出て行きます。やり取りは弁護士を通じてやってもらうことにするのでよろしくお願いします」

あまりにも冷めた言葉だった。

歩は目の前の人間が本当に玲子なのかと疑いたくなる。しかしそういう風にしてしまったのは自分自身なのだと思い知る。

「ま、待てって。俺たち、こんなことで終わるのか?」

「こんなことで?」

玲子の眼光が強くなる。

「今まで私がどれだけ我慢をしてきたか⁉ あんたの健康を考えて、塩分控えめの薄味料理を試行錯誤して作っていたのよ。あんたは自分だけしんどい思いをしているって感じてたみたいだけど、私だって我慢してたのよ! あんただけ、そんな薄味だとかわいそうだからね!」

「……そ、そうだったのか?」

歩は玲子の気持ちに初めて気付いた。てっきり玲子は薄い味付けが好みなのだと思い込んでいたのだ。

「これからは好きなだけ味が濃いものもお酒も好き放題よ。それで若い女と遊び倒せるわ。だから私たちがいなくなったらあなたもうれしいでしょ?」

玲子の問いに歩は答えられなかった。

確かにそう考えていた。しかし今はそれが間違いだったと分かっている。だが歩にそれを否定する資格はなかった。