尊厳を踏みにじるような「仕打ち」

「美咲さん、ちょっと」

ある日、やり直した掃除を終えたところで美咲はるり子に呼ばれた。手を洗い、エプロンを外してるり子のもとへ向かう。るり子はソファにからだを預けてくつろいでいる。

「健一から聞いているかもしれないけど、今週末、小沢先生がご夫婦でいらっしゃるの。小沢先生っていうのは、健一がすごくお世話になっている優秀なお医者さまね。健一の未来がかかった大事な食事になるから、あなたは部屋に引っ込んでいてもらいたいのよ」

るり子は天気の話でもしているみたいな調子で言ったけれど、美咲は耳を疑った。言葉の意味は分かるのに、意味が理解できなかった。

「えっと、それは……」

「大丈夫よ。もう出産間近であまり体調がよくないとか、そういうことにしておくから。健一の出世がかかってるの。分かるでしょう? 万が一の粗相も許されないの」

美咲はうなずくしかなかった。

その週末、美咲は小沢先生夫妻が訪ねてくる1時間前に、寝室へと下がった。ベッドで横になりながら、美咲は泣いた。

どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのだろうか。もちろんるり子の言う通り、医者の妻として至らない部分はあるのかもしれない。けれどこんなにも自分の尊厳を踏みにじられるいわれはないはずだ。

九州の田舎で暮らしている母が恋しかった。美咲はスマホを取り出し、母の連絡先を開く。けれど何を話すのだろう。きっと今の生活の何を話しても、健一との結婚を自分のことのように喜んでくれた母に心配をかけることになる。それにもし今声を聞いたなら、美咲は子供みたいに泣きじゃくってしまうと思った。

美咲はスマホの画面を伏せた。

暗くて静かな寝室に、押し殺した泣き声が頼りなさげに響き続けていた。

 

●美咲は義母の仕打ちに耐え忍んだまま生きていくのでしょうか? 後編「『母をバカにするのだけは許せない!』義母のあまりの仕打ちにキレた元看護師が選んだ結末」にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。