致命傷となったネックレス
「……ねえ、何なのこれ」
真理の手には一枚の紙が握られている。細かな模様が入った薄いブルーの紙には、質入れ表と印字されている。紙の真ん中あたりにはボールペンで書かれた〈5万円〉と〈ネックレス(アンティーク)〉というゆがんだ字。
ぬれた髪のまま座っている太一をにらみ付ける。力のこもった手が、質入れ表の端をくしゃくしゃに折った。
事の発端は単純だった。
返済生活が始まって半年が過ぎ、借金返済のペースが悪くなっていた。原因は太一がお小遣いを無心することが増えたことと、節約に慣れてきた真理も気が緩んでいたのか太一にお金を渡してしまっていたことだった。
だけど一体何にそんなにお金を使う必要があるのだろう。
気になってからの行動は早かった。
真理は太一がシャワーを浴びているあいだに、通勤カバンから財布を取り出して中身を確認した。そして大量の古いレシートに紛れていた質入れ表を見つけたというわけだ。
質入れ表に書かれた〈ネックレス(アンティーク)〉。真理にはちゃんと身に覚えがあった。
真理はシャワー途中の太一をバスルームから引っ張り出して問い詰めた。
「ねえ、何なのこれ」
太一は黙ったままだった。
真理は机に平手をたたきつけた。太一がびくりと細い肩を震わせる。
「前に、香苗の結婚式があったでしょ。そのときに見当たらなくて、もしかして失くしちゃったかもって思ってたんだよね。あんたの美顔器とか借金のせいでバタバタだったから、落ち込んだり探したりもできてなかったけど」
太一はようやくもぞもぞと口を動かす。けれど声は聞き取れなかった。真理はもう一度机をたたいた。
「はっきりしゃべれよ!」
「……んだ。全然使ってないから、い、いらないのかと思ったんだ」
その瞬間、真理は机に乗り上げ、右手を思いきり振り抜いていた。数瞬遅れて破裂するような音が響き、太一が椅子から転げ落ちる。手のひらが熱をもって痛んだ。
「わたし、前に言ったよね? 成人祝いにお母さんからもらった大事なネックレスなんだって。アクセサリーはなんだか特別な感じがするよねって」
真理は感情に任せて叫んでいた。いつの間にか涙があふれていた。どうして自分が泣かなくちゃいけないのか、真理には分からなかった。太一は目を丸くしながら真理を見上げていた。
「……ごめん」
「見た目ばっかり気にしてさ、人の気持ちなんて太一にはどうでもいいんだね」