太一の不倫疑惑

「それ、絶対不倫だよ」

たまたま外回りで真理の会社の近くにいた香苗とランチを食べたとき、そう言われたのが決め手だった。

もちろんその場ではあいまいに笑ってごまかしたけれど、一度生まれてしまった疑念は膨らむばかりだった。

美意識が低いと言った太一の声が何度も耳元でよみがえった。化粧が下手な女だからと愛想を尽かされてしまったのだろうか。そんなことばかりを考えているうちに、真理はうまく眠ることができなくなった。

ある夜、真理が目を覚ますと隣では太一が気持ちよさそうに寝息を立てていた。時間は深夜二時半。ベッドサイドのテーブルには太一のスマホがあった。

真理は気配を殺して手を伸ばし、太一のスマホを手に取った。眠る太一の人さし指でスマホのロックを解除する。

LINEに怪しいところはなかったので、真理はいつの間にか止めていた息をゆっくりと静かに吐き出した。けれどスマホを元に戻そうとしながら、香苗の言葉を思い出す。

「いい? もしスマホチェックするんなら、フリーアドレスの下書きまでチェックすること。気合の入った不倫は、履歴の残らない下書きでやり取りするんだからね」

まさかスパイじゃあるまいし。

真理はそう心のなかでつぶやきながら、太一のメールアプリを開く。下書きボックスは空っぽ。もう一度安堵の息を吐く。

受信ボックスもちゃんと見ておこう。

真理はスマホの上に指を走らせて、止めた。真理の目をくぎ付けにしたのは、よく耳にするキャッシングサービスからのメールだった。

開かずにはいられなかった。それなのに、開いてしまったことを後悔した。

メールの内容は督促で、太一には60万円の借金があった。

真理の手からスマホが滑り落ちる。その物音で、太一が目を覚ます。

「何やってんの……」
「何やってんのはこっちのせりふだよ」

薄暗い部屋で見る太一の顔は、なんだか知らない人のように思えた。

太一もさすがにまずいと感じたのか、眠い目をこすりながらもリビングに向かう真理に黙って従った。

「説明して」

真理は太一にスマホを突きつける。普段とは違う真理の強い物言いに観念して、太一は隠していた督促状の束を引っ張り出してきて口を開いた。