サステナビリティ
(脱炭素化、ネットゼロ、エネルギー・トランジション)

4つ目のテーマは「サステナビリティ(脱炭素化、ネットゼロ、エネルギー・トランジション)」についてである。「今日、株主から従業員、顧客、地域社会、規制当局に至るまで、ほぼ全てのステークホルダーが、世界経済の脱炭素化において企業が果たす役割に期待」しており、「投資家による資本配分の意思決定、ひいては貴社の長期的な価値に大きな影響を及ぼすものはほとんど存在しないと申し上げても過言ではない」と断言する。そして、「世界経済の脱炭素化は、千載一遇の投資機会になる」と「同時に、業種にかかわらず、適応できない企業は取り残されること」になり、「今後飛躍するユニコーン企業」も「世界の脱炭素化に貢献し、エネルギー・トランジションの恩恵をすべての消費者が享受できるようにするスタートアップ企業が占める」と予言する。企業の経営者に対しては「貴社がそれを先導するのか、あるいは後塵を拝するのか」と問う。

なお、フィンク氏は2020年、および2021年のレターで「気候リスクは投資リスクである」と述べ、「市場が気候リスクを資産価値に織り込むのに伴い、大規模な資本の再分配が起きる」、「今後より多くの投資家がサステナビリティを重視する企業への投資を積極的にするようになるにつれて、現在の地殻変動的な変化は一段と加速する」との見方を指摘していた。この点について2022年のレターでは、ブラックロックのアクションとしてより具体的に以下の見解を示したことも大きな注目点であろう。

〇特定のセクターから資本を引き揚げること、あるいは炭素集約度の高い資産を上場企業から非上場企業へと単に移動させるだけでは、ネットゼロを実現することはできない
〇ブラックロックは、石油・ガス会社から一律に資本を引き揚げる方針はとっていない
〇資本の引き揚げを選択する顧客も、そうしたアプローチをとらない顧客もいる
〇炭素集約度の高いセクターにおいても先見の明のある企業は、自社事業の変革を進めており、そうした行動が脱炭素化に欠くことのできない重要な要素であり、ブラックロックは移行を先導する企業への投資を顧客にとって重要な投資機会をもたらすことになると考え、またこのような不死鳥のような強さのある企業に資本を振り向けることが、ネットゼロ社会の実現に不可欠になると確信する

付和雷同か信念か

ちなみに、2022年のレターでは特に言及されていなかったが、過去のレターで複数年にわたり取り上げられていた主張には例えば次のようなものがあった。

〇「余剰資金の株主還元には賛同」だが「将来の成長に向けた」「価値創出のための投資を犠牲にする場合には同意できない」こと
〇政府が「将来への備え」や「持続的な解決策」に十分に対応できていないことから「より多くの社会的な課題への対応が企業に」期待されるようになっていること
〇「企業は自社の従業員が退職後の生活に備えることができるよう、より大きな責任を担うこと」

2022年のレターのみならず、一連のバックナンバーを改めて読んでみると、フィンク・レターは近年のサステナビリティと資本市場をめぐる論点をいち早く的確に取り上げ、その方向性を示しており、サステナブルファイナンスにおける「松明(たいまつ)」のような存在だと言っても過言ではない(*10) 。こうしたメッセージを世界最大の資産運用会社のCEOが、大株主として、多くのグローバル大企業の経営者に毎年送っているという事実は、一市民としても安心できるものだと感じた。

その一方で、特にロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年2月以降、資源価格や株価に大きな変動が見られるようになった情勢の下で、ラリー・フィンク氏やブラックロックに対する批判の声が目立つようになっているようだ。例えば、2022年6月1日付の日本経済新聞「中外時評」で同社・上級論説委員の小平龍四郎氏は「株式相場が乱高下するなかで、環境・社会の側面を企業評価に取り入れる投資手法の有効性に疑義が呈されるようになった。それに伴い、ESG推進論者であるブラックロックおよびフィンク氏への風当たりが強まってきた。 主に米共和党系で投資の唯一の目的はリターンを上げることと信じる論客はフィンク氏らの考えを『ウォーク・キャピタリズム(覚醒した資本主義)』と冷笑する。一方、株主の働きかけで環境保護など社会的インパクトを追求する向きは、ブラックロックの議決権行使方針に物足りなさを覚え「ビジネス寄り過ぎる」と批判している」と解説している (*11)

2022年6月14日付の日本経済新聞に掲載された英エコノミスト誌の翻訳記事「ESGはビジネスの領域なのか」は、フィンク氏、JPモルガンのジェイミー・ダイモンCEO、そしてイングランド銀行のマーク・カーニー前総裁の3人をステークホルダー資本主義やESGの先導者とし、その啓蒙的な活動に「正当な理由はある」としつつ、「批判する側にも説得力はある」と述べた上で、「残念ながら」「3氏が思い描く未来はそれに通じるように見受けられる」と締めくくっている (*12) 。「それ」というのは、本記事中で言及されている「エリートの『越権行為』」を指すようだ。

2020年のレターで既に、例えば低炭素社会への移行について「どのようなシナリオをたどるにせよ、この移行には数十年を要するでしょう」と喝破していたフィンク氏は、こうした批判に関わらず今後も長期的な視点に立ってこれまでの主張を貫徹していくと確信する。むしろ問われているのは、フィンク氏以外の、多くの企業経営者や金融・資本市場の関係者などの姿勢ではないだろうか。彼らがサステナビリティを巡って付和雷同していただけなのか、それとも信念としての取り組みであり今後も変わらないのか。その自問自答が求められ始めている。

(*10)例えば、米国の経済団体であるビジネス・ラウンド・テーブルが、株主のみならず、顧客や従業員、サプライヤーや地域社会など全てのステークホルダーを重視するという声明「Statement on the Purpose of a Corporation」を公表したのが2019年8月、世界経済フォーラムの創設者クラウス・シュワブ会長がダボス会議を「ステークホルダーがつくる、持続可能で結束した世界」をテーマにして開催し、フォーリン・アフェアーズ・リポート誌に「資本主義を救う改革をー株主資本主義からステークホルダー資本主義へ」を寄稿したのが各々2020年1月と同2月だ。フィンク・レターでPurposeの重要性が提唱されたのは2018年、ステークホルダーへの言及は2015年である。環境問題については開示されているフィンク・レターで一番古い2012年から言及されている。
(*11)「誰がためのESG投資」、小平龍四郎、日本経済新聞、2022年6月1日

(*12)「ESGはビジネスの領域なのか」、英エコノミスト誌の翻訳記事、日本経済新聞、2022年6月14日