ブラックロックの基本姿勢

では、直近(2022年1月)に送付されたフィンク・レター (*8)にはどんな事柄が語られているのであろうか。筆者は、2022年のレターは大きく分けて4つのテーマで構成されていると判断した。そして、各テーマについて、①ラリー・フィンク氏、ひいてはブラックロックの主張、②投資先企業への期待や提案、③ブラックロックのアクション、が明示されていると理解した。(筆者作成のフィンク・レターのテーマ別概要(PDF)はこちら

1つ目のテーマは「ブラックロックの基本姿勢」であり、受託者としての責任についての表明が2022年のレターの中でも複数個所で行われている。これは過去のフィンク・レターでも同様で、特に2017年のレターに記されていた次の記述は、資産運用会社の社会的な存在意義を具体的かつ簡潔に述べたものとして評価したい。
「当社はこの数年に亘り、世界を代表する企業の経営者の皆様に書簡をお送りしています。当社のお客様の多くは、リタイアメント後の生活資金や子供の教育資金など将来に備えて投資を行っており、企業にとって最も重要なステークホルダーです。私はフィデュシャリー(受託者)として、投資の長期的な企業価値の最大化に寄与し得るガバナンスの取組みを奨励するために本書簡をお送りするものです」

2022年のレターにおける注目点の1つは、世界中の多数の顧客から託された巨額の資金の受託者として「顧客に代わって」運用・議決権行使を担ってきた同社が、「テクノロジーを活用することで、投資先企業への議決権行使に際して、より多くのお客様に各自の意見を反映することができる選択肢を提供する方法を追求」、「将来的に、個人投資家を含むあらゆる投資家が、ご要望に従って議決権行使のプロセスに参加する選択肢を持つことができるようにすることを目指しています」と言及したことだ。ポートフォリオ組成と議決権行使のアンバンドリングを顧客への選択肢として実現した場合、世界的に他の運用会社が追随する可能性とともに、企業⇔運用会社⇔機関投資家・個人投資家を巡る従来の関係に地殻変動が走り、とりわけ投資信託(およびETF)の個人投資家とその運用先である企業の関係が議決権行使という切り口で大幅に近接化し得る新たな時代が到来すると感じた(*9)。 

(*8)https://www.blackrock.com/jp/individual/ja/2022-larry-fink-ceo-letter、2022年のレターだけでなく、ブラックロック日本法人のHPにあるアーカイブで2016年以降の毎年のレターの翻訳が掲載されている。本稿では同アーカイブ掲載のレター翻訳文から引用などを行った。
(*9)フィンク氏はまた、企業経営者は自社の企業年金などにおける株式投資をモニタリングする責務を当然に負っていることから、直接的に議決権行使プロセスに参加する機会について確認すべきだ、とも指摘している。

ステークホルダー資本主義

2つ目のテーマは「ステークホルダー資本主義」であり、フィンク氏は偉大な企業に共通する特徴として「明確なパーパスと確固たる価値観を持っていること、さらに重要なのは、主要なステークホルダーと対話し、彼らのために業務を遂行する重責を認識されていること……これがまさにステークホルダー資本主義の基盤」と力説している。特にパーパスについては「貴殿が、自社のパーパスに真摯に向き合い続け、長期的な視点に重きを置きつつ、一方で我々を取り巻く新しい世界に適応していくことができれば、株主のために持続的なリターンを達成し、あらゆるステークホルダーに資本主義の力をもたらすことになる」と重視している。パーパスをめぐる同様の姿勢は2018年のレター以来、毎年一貫している。

同社が「企業のステークホルダーとの関係が長期的な企業価値にどのような影響を及ぼすか」を深く研究すべく「ステークホルダー資本主義センター (Center for Stakeholder Capitalism)」をその「調査、対話、議論の場」として設けたのも注目点の1つだ。同センターに「第一線で活躍する経営者、投資家、政策の専門家、研究者をお招きし、各自の経験を共有いただき、そこから得られる考察をまとめ、共有」するとのことだが、そのアウトプットを世界中の関係者が待望していることだろう。

ステークホルダーとしての従業員との関係

3つ目のテーマは「ステークホルダーとしての従業員との関係」についてである。「従業員がより多くのことを雇用者に求めることは、資本主義が効果を発揮する本質的な特徴の一つ」であることに言及した上で、パンデミックを経て、雇用主と従業員との関係は「新たな世界」と呼ぶほどの大きな変化が生じたとし、経営者は(フィンク氏自身も含め)「人材獲得競争で有利となるような環境が創れているかを自問する必要」があると主張する。

さらに、同社は企業に対して、従業員との絆を深めるための対策、多様なバックグラウンドを持つ従業員が安心してその創造力、革新性、生産性を最大限に発揮できる対策、そうした対策に対する取締役会による適切な監督の有無などを問いたいとしている。フィンク氏は以前より、例えば2018年のレターでは「従業員の能力開発や生活水準の向上に向けて企業が積極的に投資しているか」と問うていたが、一層重視している印象だ。