岸田政権「新しい資本主義」の成果
先日、岸田文雄政権を支えた自民党幹部が主催するセミナーに参加した。彼によると、過去3年間の岸田政権では、「新しい資本主義」をキャッチフレーズとして、以下の4項目の遂行に注力したという。
①官民連携 → 例えば、大学ファンド、EV、蓄電池などへ政府よりシードマネーを供給、民間の投資を促す
②中長期的な政府のコミットメント → GX、半導体、バイオ、量子コンピューター等への長期サポートを政府として表明
③スタートアップ支援 → 今後5年間で10倍増の投資を目指す
④貯蓄から投資 → NISA拡充
特に、「貯蓄から投資」については、個人金融資産が証券市場に流入し、企業の成長を促し、企業価値の向上によって家計が潤う、いわゆる「成長と分配の好循環」を拡大・定着させていくことが肝要であり、そのためにも次期総理には「貯蓄から投資へ」の流れをさらに強めてもらいたいと述べていた。
その想いは金融庁や金融業界も共有しており、金融庁が8月30日に公表し、また、日証協と投信協が連名で9月18日に公表した令和7年度(2025 年度)税制改正要望では、歩調を合わせて、NISA 制度のさらなる利便性向上や確定拠出年金制度の拡充等を盛り込んでいる。
このうち、NISAの利便性向上については、「口座開設10年後の所在地確認のデジタル化・簡素化」のほか、「金融機関変更時の即日買付」や「つみたて投資枠におけるアクティブETFの要件整備やETFの最低取引単位の見直し」が掲げられている。
アクティブETFの拡大を急ぐ背景は
業界関係者やメディアが水面下で提言していた「利用可能年齢の引下げ」や「金融機関変更時の資産持ち運び(ポータビリティ)の許容」、「NISA口座保有者の出国時対応の見直し(非課税適用者の要件緩和、非課税適用期間の延長)」などに先駆けて、「アクティブETFの要件整備」が盛り込まれたことには少々驚いた。金融庁では「資産運用業高度化プログレスレポート2023」において「運用報酬以外の手数料が安い商品の提供拡大(例:アクティブETFの解禁等)に期待」と記すなど布石を打っていたので、当該商品の言及に唐突感はなかった。
とはいえ、つみたて投資枠の対象商品として既に51本のアクティブ投資信託が並ぶ中、本邦の個人投資家に馴染みの薄いアクティブETFの導入に意欲を示したのは、その商品に積極的に取り組んでいる海外の有力運用会社等からの圧があったからなのか、あるいは、単にインデックス投資一辺倒の状況を憂えてのことなのか。
「転職があたりまえの時代」に合ったDC制度を
さて、確定拠出年金制度の拡充については、岸田総理が8月28日に開催された「資産運用立国と日本金融市場の魅力向上に関する会合」において、「個人年金の充実に向けて、NISAに続き、iDeCoの大胆な改革を実行してもらいたい」と述べるなど、政府主導の施策となりつつある。こうした中、金融庁・日証協ともに「iDeCoにおける加入可能年齢及び受給開始年齢上限の引上げ」のほか、「拠出限度額の引上げ」を税制改正要望に掲げている。さらに日証協では、「50歳以上の者に対するキャッチアップ拠出の設定」や「拠出限度額内でのマッチング拠出の弾力化」、「老齢給付金の受給要件の緩和(通算加入期間に関わらず60歳から受給可能、もしくは、要通算加入期間を2分の1とする)」など、多様な提言を盛り込んだ。
現在の確定拠出年金制度はとても複雑だ。自営業、会社員、公務員、専業主婦といった公的年金の加入区分によって掛金の上限が異なるほか、企業型DCとiDeCoが併存する中、拠出限度額は両制度の合算管理となっている。iDeCoの(運用関連業務を担う)運営管理機関では企業型DCの掛金状況をリアルタイムで把握できないため、加入者は自ら拠出限度額管理を行う必要がある。ちなみに、NISA制度では口座開設が一つの金融機関に限られていることもあり、当該金融機関で枠管理が可能であり、加入者の負担は軽い。
また、確定拠出年金制度運営には運営管理機関のほか、国民年金基金連合会や信託銀行など複数の機関が関与しており、加入時、掛金拠出中、給付受給時、還付時(限度枠を超えて拠出された掛金などを加入者に返す時)、移換時(運営管理機関を変更する場合など)等に各機関に一定の手数料を支払う必要があり、加入者はこうした手数料負担を認識したうえで運用商品を選定することが求められる。
このため、政府は加入者が適切に運用商品を選択できるように支援すべく、2018年5月に確定拠出年金法を改正し、運用商品本数の抑制(35本まで)や運用商品除外規定の緩和(商品選択者の3分の2以上の同意で可とする)、指定運用方法に関する規定の整備(デフォルト商品による運用の規定整備)などを進めている。しかしながら、企業年金連合会が今年3月に公表した「確定拠出年金実態調査結果(2022年度決算)」によると、企業型DCにおいては、いまだに資産残高の4割は(預金や保険といった低利の)元本確保型商品が占めているほか、元本確保型商品のみで運用する加入者が6割以上を占める企業も全体の1割程度存在しており、コストを勘案した適切なリスクテイクが十分浸透しているとは言えず、引き続き継続投資教育が欠かせない状況にある。
確定拠出年金制度は企業型DCがベースとなっており、iDeCoはそれを補完する位置づけで存在しているがゆえに、制度が複雑化している。転職が珍しくない時代にあって、両制度を合算管理する苦労は小さくない。加入者の利便性向上のためには、企業型DCとiDeCoを明確に切り分け個々に枠管理を行う、あるいは、関与する機関の事務効率化を進めることで手数料を引き下げるなど、制度の簡素化や低コスト化を強力に進める必要があるように思う。