「単なるファッションだったかも」

「でも、最近人が入れ替わったかもしれないし、急にタバコを吸うようになったのかもしれない。確かめたほうがいいんじゃない?」

後藤は言うと、続ける。

「それに、下の階の住人をヤクザと決めつけるのも、どうかなあ。最近はタトゥーを入れる人も多いし、単なるファッションだったかも。そもそも、そういう稼業の人は普通タワマンには入居できないだろ。審査が厳しいからさ」

「確かに……」

和隆はうつむいた。自分が怖い目に遭ったので、ヤクザだと決めつけていたが、後藤の言う通り証拠は何もなかった。

「一度、管理組合の誰かに相談してみたら?」後藤は言った。

「今日も洗濯物がいい香りだわ」

それから1週間後。和隆の部屋のベランダから戻ってきた妻・ひとみは、手に持っている洗濯物の山を床に置くと言った。

「今日も洗濯物がいい香りだわ。いろいろあったけど、問題が解決して本当に良かったわね」

「お前はいいだろうけどさ、俺はひどい目にあったよ」和隆はスマホで株価を見ながら返事をした。少々不機嫌そうにむくれている。

「何言ってるの。全部あなたの思い込みだったわけでしょ。下の階の人だって、調べてみたらヤクザでもなんでもなかったわけだし」

「ああ。ファッションブランドのデザイナーだった。たく、紛らわしいにも程があるよ」

「でも、笑って許してくれたんでしょ」

「きちんと謝ったからな。もとはといえばお前が悪いんだぞ。下の階でタバコを吸っているからだ、なんて言うから」

「それは私の勘違い。本当の原因は隣の部屋でした」

「隣の部屋にちょくちょく遊びにくるお客さんが、ベランダで吸っていた、なんてな…。とんだ勘違いだよ」

和隆が言うと、ひとみはうなずいた。

「そう。それが分かったから、時間をずらして干すようにしたら、洗濯物は臭わなくなった」

「人を見た目で判断してはだめだ。つくづく思い知ったよ」

和隆は妻・ひとみを横目に見ながら、そう言って深々とため息をついた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。