「この1週間、ろくに眠れなくってさ」

それから約1週間後の日曜日。タワマン2階に入居するカフェバーで、和隆はコーヒーを飲んでいた。正面には医師仲間の後藤雄一(67)が座っている。後藤は最近隣のタワマンに引っ越してきたので、以来、ちょくちょく会っては話をする関係だった。

「なるほどな。下の階に住んでいるヤクザを怒らせてしまった、それで怯えている、ということか」後藤はさも関心がなさそうに、抑揚のない口調で言った。

「他人事だと思って。この1週間、ろくに眠れなくってさ。いつ報復されるかと思うと恐ろしくて」和隆は情けない声で言うと、深々とため息をついた。

「具体的に何か嫌がらせでもされたのか?」後藤が言う。

「いや、今のところ何もない」

「ふうん。で、タバコの臭いはどうなった?」

「それも今のところ変わらず」

「なるほど……」

後藤は少し考えていたが、ややあって言った。

「まず、タバコの臭いの元が、本当に下の階だったか確かめる必要があると思うな」

「と、言うと?」

「だって、お前の部屋って13階の角部屋だろ。このあたりは湾岸エリアで、上の階になると風がかなり強い。下の階のタバコの煙なんて、お前んとこのベランダまで直接くるかなあ。むしろ、隣の部屋のほうが怪しい気がする」

「なるほど……。ただ、隣の部屋にはずっと同じ人が住んでいて、これまで何の問題はなかったんだよ。タバコを吸っているところを見たこともないし」和隆は言った。