態度が一変した理由

やがて、北山は小さく咳払いをした。

「……分かりました。修繕費の請求は見直します」

「見直す、ではなく、この内容での請求はできない、ですよね」

「ですが、退去時には原状回復の必要が……」

「オーナーさんならご存じだと思いますが、家具の跡や壁紙の日焼け、自然な剥がれなどは経年劣化によるものとみなされますので、原状回復の対象にはなりませんよ」

山本が静かに説明すると、北山は意外にもあっさりとうなずいた。

「……そうですね。修繕費の請求は取り下げます」

その言葉を聞いても、すぐには実感がわかなかった。自分とはまともに会話をしようともしなかった北山が、山本の話には素直に耳を傾け、さらに意見まで変えたという事実は、佐奈の心中を複雑にさせた。こういうことは仕事をしていても、たびたび起こる。特に北山のような年代の男性は、ただ、こちらが若い女というだけで、存在を軽視することがある。今回もそうだったのかと思い至ると、安堵と同時に苦い気持ちが胸に広がった。

「では、本日はありがとうございました。失礼いたします」

「はい……ありがとうございました」

マンションの前で北山と別れると、山本はいつもの調子で笑う。

「はい、これで終わり。引っ越し祝い、行く?」

「行く。飲まなきゃやってらんない」

駅前の焼き鳥屋に入ると、店内は仕事帰りの客でにぎわっていた。注文から、ものの数十秒で運ばれてきたビールジョッキを、佐奈は片手で持ち上げる。

「山本、今日はありがとう。ほんとに助かった」

「持つべきものは、不動産屋の友達でしょ」

「だね。不動産マンに乾杯」

「乾杯」

ジョッキが触れ合い、音が鳴った。冷たいビールを喉に流し込むと、理不尽な出来事への怒りが洗い流されたような気になる。

「へい、お待ち」

焼き鳥の盛り合わせがテーブルに置かれ、佐奈は甘辛いタレの匂いに包まれた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。