お事汁への評価と志乃の驚き
農家の人たちは最初にお事汁に口を付けた。恵理はどのような反応が出るのかドキドキしながら待っていた。
「うん、これはうめえな」
1人がそう言うと、他の人たちも全員がお事汁の味を称賛してくれた。志乃はその様子に驚きの表情を見せていて、恵理はほっと胸をなで下ろした。
それからは料理とお酒を飲みながら全員で米作りの話し合いを進めていった。いつごろから耕し出すかとか苗や肥料をどうするかなど各々が意見を出し合っていた。
農事始めを終えると、恵理は瑠璃子と2人で農家の人たちを見送った。瑠璃子に声をかけられたのは、恵理がそのまま洗い物をしようと台所に戻ろうとしたときだった。
「ちょっと話があるので客間に戻りませんか?」
「……え、ええ、いいけど」
恵理はうなずき、客間に戻った。客間には志乃もまだいて、瑠璃子の夫も含めて4人で話をすることになった。
「それで話って?」
恵理が座りながら聞くと、志乃も何も知らなかったらしく、意外そうな顔をして瑠璃子を見た。
「お義姉さんはこれからどうしますか?」
不意な質問に恵理はどう答えていいのか分からなかった。
「お義姉さんはこの家に嫁いできましたけど、兄がいなくなったのなら、ここにいる必要がないのかなと思うんです。あっ、でも別にこれは追い出そうとかそういうことじゃないんですよ。お義姉さんは十分すぎるくらいやってくれたと思っていますので、残された人生を好きなように生きてもいいのかなと思って。母のことは私が娘として責任を持って面倒見ます。そのことは夫も了承してくれてるので」
話を聞いて瑠璃子が言わんとしていることを理解した。2人が気をつかってくれてることも伝わってきた。志乃は目を伏せて黙っている。少し息を吐いて恵理は答えた。
「ありがとう。でも私はこれからもこの家にお世話になろうと思ってるわ」
恵理の答えに志乃が顔を上げた。
瑠璃子は真顔で聞き返してきた。
「……どうして?」
「ここには思い出がたくさんあるから。典文やお義父さんも含めていっぱいね。それに、お米作り、案外好きなのよ。だから私はずっとここにいたいと思ってます」
恵理の答えを聞いて瑠璃子はゆっくりとうなずいた。
「……分かった。お義姉さんがそう言うのなら何も言うことはないです。でももし困ったことがあったら言ってくださいね。私たちは何でも協力しますから」
「うん、ありがとう」
それから瑠璃子たちと後片付けをして、恵理は志乃を部屋まで連れて行った。志乃は腰をかばいながらゆっくりとベッドに寝転がった。
「お義母さん、今日はお疲れ様でした。夕飯の準備ができたらまた持ってくるから、何かあったらまた呼んでください」
それだけ告げて去ろうとしたが、志乃がこちらに背中を向けて声をかけてきた。
「……みんな、料理をとても美味しいと言って喜んでくれてたよ」
「……はい、良かったです」
「あなたがここまで1人でできるとは思わなかった。これならもう私なんていなくても大丈夫そうだね」
初めて聞く志乃の褒め言葉に恵理は驚き、思わず顔がほころんだ。
「やめてください。お義母さんは長生きをしてくださいよ」
それだけ言い残して恵理は部屋を出た。15年が経って関係が少し近くなったような気がした。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
