自由を取り戻した単身生活

春の陽気が差し込む昼下がり、亜矢子は単身者用マンションの一室にいた。玄関に積んだ段ボールの上のガムテープを爪で起こし、勢いをつけて剥がす。紙が裂ける音が部屋に響く。

「よいしょっと」

あれから間もなく、和毅に離婚を申し込まれた。理由は、私が「信頼関係を壊した」こと。

「もうこれ以上夫婦を続けられない。離婚してほしい」

声を荒らげるでも泣くでもなく、和毅は淡々と離婚届を差し出した。

振り返ってみれば、買い物癖が原因で家計管理を彼に任せたころから、夫婦は少しずつ終わりに近づいていたのかもしれない。

亜矢子は彼の申し出を受け入れ、紙を受け取って家を出た。手続きは思ったより事務的だった。区役所の窓口で番号札を握り、離婚届を出し、旧姓に戻るための届も書いた。免許証、銀行、会社の人事。印鑑と身分証を出し、書類の余白を埋めるたび、少しずつ気持ちの整理がついていった気がする。

当然ながら、家計の管理もまた自分の手に戻っている。家賃、光熱費、スマホ代。アプリで残高を確認し、カードの明細も自分の端末に届く。上限を設定するのも解除するのも自分だ。

「うわ、重っ」

亜矢子は段ボールから食器を出し、棚に並べる。

カップの向きをそろえようとして、別にそろえなくていいか、と手を止める。

和毅はもういない。息苦しさの原因はお金だけの問題じゃなかった、と亜矢子は思う。彼と同じ空間にいる生活に、亜矢子もまた知らず知らずのうちに限界を感じていたのだ。

「あっ、来た来た」

インターホンが鳴り、宅配便の受け取りに出る。小さな段ボールを抱えて戻り、床に座って開封する。

中からは薄い紙に包まれた服が出てきた。

春物のワンピース。明るいベージュで、袖口には薄いボタンが並んでいる。

亜矢子は包みをほどき、指で布を撫でると、姿見の前に立った。

「お、いいじゃん」

窓の外の風がカーテンをわずかに揺らし、日差しが床に細い帯を作る。遠くで自転車のベルが軽やかに鳴って、部屋まで届いた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。