ユニットレーバーコスト(ULC)とGDPデフレーターはなぜ上昇に転じたのか

 上昇トレンドに転換した背景として最初に思い浮かぶのが労働需給の変化です。そこで図表2で紹介したGDPデフレーターとULCを、日銀短観の雇用人員判断DIと比較してみました(図表3)。

<図表3 ユニットレーバーコスト=GDPデフレーターと雇用人員判断DI>

(注)GDPデフレーターとユニットレーバーコストは季節調整済み。 (出所)内閣府、楽天証券経済研究所作成

これを見ると、確かに労働需給がタイト化した後、少し遅れてGDPデフレーターとULCが上昇トレンドに転換したように見えなくもありません。特に新型コロナ禍以降は、労働需給のタイト化とGDPデフレーターおよびULCの上昇がフィットしています。

ただ、解せないのは、2012年ごろから新型コロナ禍直前の2019年ごろまで、雇用人員判断DIが大幅な不足超になっているにもかかわらず、GDPデフレーターとULCが低迷を続けている点です。新型コロナ禍の前と後で、なぜこうした違いが発生しているのでしょうか。可能性として考えられるのは、まず交易条件の悪化です。

GDPデフレーターの前年比は、消費デフレーターをはじめとする内需デフレーターと、輸出デフレーターを輸入デフレーターで割った交易条件に分解することができます。その寄与度分解をグラフにしたのが図表4ですが、これを確認すると、2012年ごろから2019年ごろまで、特に交易条件の悪化がGDPデフレーターの足を引っ張ったようには見えません。

<図表4 GDPデフレーター前年比の寄与度分解>

(出所)内閣府、楽天証券経済研究所作成

むしろ、内需デフレーターの押し上げ寄与の方が、新型コロナ禍以降と比べ圧倒的に低いことが分かります。では、内需デフレーターが伸びなかった背景は何なのでしょうか。言い換えれば、労働需給がタイト化しているにもかかわらずULCが伸び悩んだ背景です。実はこの点が、GDPデフレーターの先行きを考える上で最も重要なポイントになります。

新型コロナ禍前のインフレを抑制したのは非正規雇用の拡大、今は違う

図表5を見てください。これは、総務省の「労働力調査」から、「非正規の職員・従業員」の数と「雇用者」に占める割合を示したグラフです。

<図表5 非正規雇用者の数と雇用者に占める割合>

(注)非正規比率は、非正規の職員・従業員の雇用者に対する割合。 (出所)総務省、楽天証券経済研究所作成

図に示したとおり、2012年1-3月期から新型コロナ前に雇用者数がピークを付けた2019年10-12月期までを見ると、非正規の職員・従業員は1,807万人から2,195万人へ388万人増加し、非正規比率は32.7%から36.2%へ3.5%ポイント上昇しています。

この間、雇用者数は537万人増加していますので、その72.3%が非正規雇用の増加によるものだった、ということになります。

このように、新型コロナ禍前、雇用人員判断DIが大幅な不足超になったにもかかわらず、ULCが低迷を続けた背景として、人手不足の多くを相対的に賃金水準の低い非正規雇用で賄ったという点が大きかったと見ることができます。これにより、計算上、賃金の平均水準が抑制され、ULCの伸び悩みにつながったというわけです。

その非正規雇用の伸びが、新型コロナ終息後は頭打ちとなり、非正規比率は横ばいで推移していることが、図表5から見て取れます。

すなわち、わが国の労働市場は、潜在的な労働力が乏しくなる中で、賃金を引き上げなければ人員確保ができない状況となっており、ULCおよび内需デフレーター(従って、GDPデフレーター)の上昇トレンドは、今後も続く可能性が高いことを示唆しています。

ULCが上がるとCPIも上がる~長い目で見れば積極財政で上振れリスク~

GDPデフレーターはそうだとして、同じことがCPIについても言えるでしょうか。それを説明しなければ、本レポートの話は終わりません。図表4で示したとおり、GDPデフレーターの伸びは、交易条件が変化しなければ内需デフレーターの伸びで説明できます。その内需デフレーターは、ウエートの高い民間最終消費支出デフレーターでほぼ決まります(図表6)。

<図表6 内需デフレーター、消費デフレーター、消費者物価指数の関係>

(注)シャドーは景気後退局面。 (出所)総務省、内閣府、楽天証券経済研究所作成

そして、民間最終消費支出デフレーターは、民間最終消費支出の名目値を実質値で割って算出されるわけですが、その実質値は各支出項目の取引額をCPIなどの価格指数で割り引くことによって作成されますので、図表6に示したとおり、結果的に民間最終消費支出デフレーターとCPIは、同じような動きになります。

このように、GDPデフレーターを介して、CPIの先行きを考える際にULCが極めて重要であることが分かります。現在、CPIの前年比は、物価高対策によって一時的に押し下げられていますが、その影響は1年で剥落します。

その後の動向は、ULCが上昇トレンドを続ける限り、それにより形成されるトレンドに復する可能性が高いと考えられます。

少し長い目で見れば、高市早苗首相が施政方針演説で「押して、押して、押して、押して、押しまくってまいります」と述べた危機管理投資、成長投資などへの積極財政政策が(図表7)、労働コストの上昇を通じてULCのトレンドを押し上げ、GDPデフレーターやCPIのトレンドを上振れさせるリスクを意識しておく必要があるように思われます。

<図表7 高市首相の施政方針演説より> 

(出所)首相官邸ホームページ、楽天証券経済研究所作成