静かすぎる高級フレンチ
美穂は落ち着かない気持ちで椅子に座った。おしゃれなのは分かっているのだが静かな雰囲気で食事をするのがあまり好きではなかった。あの馴染みの居酒屋が思い浮かび、麻紀たちは今ごろ楽しく飲んでいるんだろうなと思ってしまう。
テーブルにはナイフとフォークが左右に何本も並んでいた。確か内側か外側のどちらからかを使うんだったなと必死に思い出そうとした。たしか、外側から使うんだっけ。
目の前の翔太は落ち着いた様子で料理が来るのを待っている。本当ならここ最近の仕事であったことを話したいし、翔太と会ってない間の近況を聞いてみたかった。しかし周りにいるお客さんたちの話し声がほとんど聞こえない。時折、店内に流れているジャズだかクラシックだかの合間に、カチャカチャと上品なお皿とナイフとフォークがぶつかる音が聞こえるだけだ。そこからは出された料理を機械的に食べるだけの時間が続いた。もちろん出されたものはとても美味しかったが、食事と会話を両方楽しみたかった。いつものように冗談なども言い合って楽しく話したかったのだが、自分たちの会話が周りに聞かれているような気がして、どうしてもよそ行きの会話しかできなかったのだ。
静かに食事を終えて美穂たちは店を出た。翔太はどうだと言わんばかりの顔で美穂に感想を聞いてくる。
「どうでした? すごく美味しくなかったですか?」
「う、うん。あんなところでご飯食べたことなかったからちょっと緊張したけど、美味しかったよ」
支払いは翔太がしてくれたが、値段はかなりしただろう。自分も半分払うと財布を出したが、翔太に断られてしまった。
無理をしたんじゃないだろうか――と、満足そうな翔太の横顔を眺めながらもそんな気持ちが頭によぎる。
