「えっ!」
光子はスマホの画面を見て固まった。
夫の泰は友人とゴルフに行っていて留守だ。マンションのリビングで光子はたった1人大きな声を出してしまった。
光子は震えながら手にしている宝くじの番号を見つめて、もう一度スマホの画面に目を移す。光子は、今日発表される秋の宝くじの結果を確認しようとサイトを開いていたところだった。
なんとなく宝くじを買い始めたのは結婚してからで、48歳になった今も続けている習慣のひとつだ。もちろん当選なんてしたことはない。当たるかも、という可能性を買うことが面白いのだ。
「当たってる……」
何度確かめても、目をこすっても、目の前の現実は揺らがなかった。
高額当選を喜ぶ光子と泰
帰宅した泰に光子はすぐさま当選の報告をする。泰はまじまじと宝くじを見つめていた。
「これが3000万になるのか……!」
「ねえ、すごいことよね。ちょっと信じられないわ……。いつか当たれと思って買ってたけど、いざ当選したらちょっと現実味がなくて」
泰は興奮気味に光子を見る。
「こ、これどうする? 何に使う? 家でも買うか?」
「ちょっと待ってよ。落ち着いて。家なんて私たちには必要ないでしょ。しかも3000万じゃ足りないって」
子どももおらず2人だけでのんびりと生活をしていて、今のマンションが広さ的にもちょうど良い。わざわざ大きな家を購入する意味なんてない。
「まあ確かにそうか。でも何に使おうかな? 海外旅行とか車を買うとかそんなんだよな……」
光子も使い道に関しては考えていたし、泰の案も浮かんでいた。
しかし車に関しては光子は運転免許自体を持っていない。泰が乗っている車もまだまだ使えるから買い換える必要性はない。海外旅行だって別に行きたいとも思わなかった。
「……とりあえず今は変なことに使わないようにしましょうよ」
「何だよ、ずいぶんと冷めてるな」
「そうね。こんな大金をもらったことないから戸惑っているのかもしれない。でもとにかくすぐに使うのはもったいないから、なるべく将来のために残すようにしましょうよ。こんな時代だから何が起こるかなんて分からないし」
泰は光子の提案につまらなそうな顔をする。
「せっかくこんな大金があるのに貯金か?」
「まあ少しくらい贅沢はしてもいいんじゃない? 例えば今日はお寿司を取るとか」
すると泰は頬を緩める。
「いいね。寿司。腹減ったしさっそく注文しようぜ」
スマホを取り出す泰に光子は言った。
「あ、それと、この宝くじのことは誰にも言わないでね。こういうのが知られると親戚が急に増えたりして、面倒なことになりそうだから」
「ああ、分かったよ」
苦笑いした泰はスマホを見ながら軽く頷いた。
穏やかな生活があってほんの少しの贅沢ができればそれで十分だ。光子は泰のスマホを覗きこみ、松の寿司にするか、竹の寿司にするかを考えた。
