実家の母に助けを求めて

翌朝、里佳子はいつものように弁当を作り、子どもたちを送り出した。悟も何事もなかったかのように朝食をとり、スーツを着て出勤していった。

だが内心は穏やかではなかった。

食器を洗いながら、洗濯物を干しながら、里佳子は何度も昨夜の言葉を思い出していた。

「出世のこと考えたら悪くない判断だ」。

その一言が、何よりも重く響いていた。

家族の貯金は、家族のために使われるべきものだと思っていた。だが悟にとってそれは、出世のための“手段”だった。それがどんなに滑稽で、情けなく、そして恐ろしいことか――本人は気づいていない。

「もしもし」

午後、子どもたちの帰宅を待つあいだ、里佳子は実家の母に電話をかけた。久しぶりの声に、思わず涙がこぼれそうになったが、ぐっとこらえて淡々と話した。

「少しの間、帰ってもいいかな。子どもたち連れて」

母は多くを聞かず、「いつでもおいで」とだけ言った。

翌日、悟には何も言わず、最低限の荷物と子どもたちを連れて家を出た。日曜の午後、彼がゴルフに出かけている隙を見計らってのことだった。子どもたちには「しばらく、おばあちゃんの家にお泊まりしようね」とだけ伝えた。

「おかえり」

「……ただいま」

母の家の畳のにおい、やかんの音、窓から差す夕方の光――すべてが心をほどいてくれた。

久々に子どもたちの寝顔を見ながら、自分も深く眠った。

翌日、母と一緒に市の相談窓口へ行き、離婚についての情報を集めた。

知識がなければ戦えない。これ以上、悟の言葉や態度に心を揺らされたくなかった。弁護士への無料相談も予約し、同時に求人情報も見始めた。

悟からは何度か電話があった。自宅に帰って異変に気づいたらしく、里佳子が無視していると、だんだんと声色が変わっていった。

「なに勝手に出てってんだよ」「子どもまで連れてどういうつもりだ」

そして数日後、里佳子が弁護士を通じて養育費と財産分与についての通知と共に離婚届を送ると、悟の態度は一変した。