夫の変化と妻の限界

週末の朝、リビングには夫の姿がなかった。

前の晩、「明日、朝からゴルフだから」と一言だけ告げて、出発の時間も詳しく言わなかった。目覚めたときには、玄関に置いてあった大きなゴルフバッグごと、姿を消していた。

ソファの上には、脱ぎ捨てられたワイシャツと、買ったばかりのゴルフ雑誌が放置されていた。

「また増やすつもり?」

里佳子はため息をつきながら、それらを片付ける。

悟の休日は、もう家族のものではなくなっていた。子どもたちと過ごす時間も、買い物を手伝ってくれることもない。娘が「パパ今日もいないの?」と聞く声に、里佳子は「そうね、忙しいのかもね」と笑ってごまかすしかなかった。

ゴルフを始めてから、悟の生活は明らかに変わった。以前は少しは家でくつろぐ時間もあったが、今は付き合いと称して平日夜も外食が増え、休日はほとんど家にいない。新しいゴルフウェアが増え、最近では車にキャディバッグを積みっぱなしにしている。

その一方で、里佳子が扱う生活費はずっと変わらなかった。

「今月もヤバいな……」

スーパーのチラシをにらみ、卵の特売日に合わせて献立を考える。子どもたちの文房具や衣類も、できるだけ安いものを探し、壊れたおもちゃは瞬間接着剤で補修した。ランチなんてもう何年も外で食べていない。

「ねえ、生活費なんだけど。そろそろ、少しだけでも増やせないかな」

その夜、食器を洗い終えたあと、思い切って悟に切り出した。彼はテレビを見ながら、無表情に返事をした。

「何にそんなに使ってるの?」

「そんなにって……食費とか、学校や幼稚園の集金とか、予防接種もあったし……」

「俺、十分な額渡してるよね? なんか、贅沢してるんじゃない?」

その言葉に、心のどこかが音もなく崩れるのを感じた。

何も分かっていない。いや、分かろうともしていない。里佳子が毎日、数十円の差を見ながら食材を選んでいることも、子どもたちの服を何度も繕っていることも。

キッチンのテーブルに座って、冷めたお茶を飲みながら、里佳子はぼんやりとカレンダーを見つめた。悟個人の予定はそこに何も書かれていない。

ただ「家族」としての空白が、日に日に大きくなっていくのが分かる。

言葉にはできない。

でも、この胸に広がる違和感は確かに存在していた。

目に見えないひびが、夫婦のあいだに少しずつ、だが確実に入り込んでいる。そんな予感だけが、滞留し続けていた。