オフィスの時計は18時を過ぎている。しかし誰一人として帰る素振りを見せない。

そんな場所で綾香も同様にパソコンに向かい、キーボードをたたき続けていた。

綾香は家電の卸業務の会社で働いていて営業として常にノルマと戦い続けている。今やっているのは担当クライアント向けのプレゼン資料の修正だ。大きな仕事になるので完璧な資料を作成しないといけないと思っていた。

修正作業が思った以上にかかってしまったため、パソコンには未読のメールがかなりたまっている。そのほとんどが家電量販店からの発注調整の依頼だ。それらを全て片付けるころにはもう19時を過ぎてしまうだろう。この会社で働き出して10年以上が経っているため、そんなことだけは計算ができるようになっていた。

頭の奥で愛娘の真莉愛の顔がちらつく。また保育園の閉園ギリギリのお迎えになってしまう。

ノルマに負われる営業の日常

すると通りかかった上司が綾香に声をかけてくる。

「本田、この顧客の取引データに追加で入力しておいてくれ。今日中に頼むぞ」

このタイミングで仕事を追加されることに怒りを覚えながらも、綾香は何事もないように受け取る。上からの指示に難色を示したりすると後々めんどくさいことになる。出世に響く可能性もあるだろう。だからこそキャパシティを多少超えた状態でも綾香は仕事をやり続けないといけなかった。

すると後輩の久田がこっそりと声をかけてくる。

「……先輩、それ俺がやっておきましょうか?」

「え? なんで?」

思わず綾香は聞き返す。

「お子さんのお迎えありますよね? 早めに上がった方がよくないですか?」

「大丈夫。すぐにこんなの終わるから」

そう言って綾香はすぐに仕事を再開させた。

誰かを頼ってはいけない。全て自分の力でなんとかしてやらないといけないのだ。