成長戦略の落とし穴
「拡張財政や金融緩和の不足が長期停滞の原因ではない」。当初からそう考えていた少なからぬエコノミストは、成長戦略が不十分であると繰り返していました。もともとアベ政策は、「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」のいわゆる「三本の矢」で構成されていましたが、一時的な効果しか持ちえない金融政策と財政政策ばかりが追求されて、肝心の成長戦略が不十分だと多くのエコノミストは考えていたわけです。
金融政策や財政政策は、景気を刺激することはできますが、その効果はあくまで一時的です。金融政策の効果は「需要の前倒し」であって、財政政策の効果は「所得の前借り」に過ぎません。継続的に成長率を高めるためには、潜在成長率を引き上げなくてはなりませんが、そもそも財政・金融政策では対応できません。成長戦略が十分ではなく、潜在成長率を改善させることができなかったから、アベ政策には十分な効果が現れなかった、という解釈なのでしょう。
それは、もっともな考え方だと思います。ただ、成長戦略の重要性を否定するわけではないのですが、筆者自身は、そうした多くのエコノミストの意見には、少し距離を置いてきました。というのも、潜在成長率を上昇させることが大事だとしても、果たしてその方法は分かっているのでしょうか。
ある時、2019年にノーベル経済学賞を受賞した開発経済学者のアビジット・バナジーのインタビュー記事を読んでいると、「我が意を得たり」の言葉に出会いました。バナジーは、次のように語っています。
「経済成長を促すメカニズムはまだよく分かっていない。とりわけ(先進国のような)富裕国で再び成長率が上向きになるのか、どうすれば上向くのか、ということははっきりいって謎である」。(『世界最高峰の経済学教室』245頁)
新興国については、先進国のお手本があるため、どのようにすればよいか分かっていますが、先進国において、確実に成長を高めるための方策は、経済学的には分かっていないというのが現実なのです。
経済論壇などでは、「これこそが成長戦略だ」といって自説を売り込む政策プロモーターは後を絶ちません。しかし、多くは、良くて微益微害であって、いずれにせよ、メリットとコストを足すと、大方はゼロサムのようにも見えます。大きなメリットを受ける人がいる場合には、誰かほかの人たちが、広く薄く負担を強いられているのが実情ではないでしょうか。近年は、成長戦略に名を借りた保護主義政策も少なくありません。経済専門家の間で合意可能な成長戦略は、規制緩和くらいではないでしょうか。
日本経済の死角——収奪的システムを解き明かす
著者名 河野龍太郎
発行元 ちくま新書
価格 1034円(税込)