今、世界経済は大きな混乱を迎えています。
朝令暮改するトランプ大統領の政策。ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルのガザ攻撃。
日本では、日経平均が最高値を更新し、賃金上昇が続く一方で、物価高が続いています。
先の見えない世界経済はどこに進んでいくのでしょうか?
超人気エコノミストの河野龍太郎氏と唐鎌大輔氏が世界経済と金融の“盲点”について、あらゆる角度から徹底的に対論します。(全3回の3回)
※本稿は、河野龍太郎/唐鎌大輔著『世界経済の死角』(幻冬舎新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
長期雇用を支えたメインバンク制
唐鎌 正社員の数は以前より減ったとはいえ、全体の中ではまだ大きな割合を占めています。それにもかかわらず、国全体の賃金が伸び悩んでいるということは、正社員であっても、賃金の伸びが十分ではないということですね。なぜ、日本において名目賃金、ひいては実質賃金の伸びが冴さえないのか。気になっている読者は多いと思います。
河野 そうですね。なぜ日本の長期雇用制が定着し、なぜ今もそれが存続しているのかが、この話のポイントになると思います。ただ、正社員の数が以前に比べて減っているかと言われると、ここは意見が分かれると思います。
たしかに就職氷河期世代が就職する際は正社員の採用が絞り込まれ、同時に90年代以降は大学進学率が大きく上がって、皆が正社員になれたわけではないという部分もあります。
椅子取りゲームの参加者が増えたことで、椅子の数(正社員のポジション)が減ったように感じる人が多いのかもしれません。
歴史をさかのぼって整理すると、そもそも一つの企業で生涯勤め上げるという長期雇用制を可能にしていたのは、日本特有の「メインバンク制」が関係していました。
メインバンク制とは、大企業が複数の銀行の中から、主力の取引銀行を一つ、ないし二つ決めた上で、融資だけでなく、経営上の助言とか、監視も行ってもらう。不況で経営が傾いたときには、再建支援や追加融資などを行ってもらうなど、いわばマンツーマンで面倒をみてもらう慣行のことです。
今もそうですが、戦後の日本では、安定的な企業経営の根幹に、長期雇用制を据えてきました。長期雇用を約束することで、イノベーションや人的資本の蓄積などを含めて、社員に継続的に努力してもらうという仕組みなのですが、そのような正社員を抱えることは、企業経営において大きな「固定費」が発生することを意味します。
アメリカでは不況が訪れると、倒産リスクを避けるため、正社員もおかまいなく一時解雇(レイオフ)しますが、日本ではメインバンクの支援があったため、不況期でも長期雇用制を継続することができたのです。
しかし、1997年末に銀行危機が訪れ、メインバンク制が崩壊しました。
経済制度研究の大家であった故・青木昌彦先生は、「メインバンク制がなくなれば、日本の長期雇用制も崩れる」と予想していました。メインバンク制の崩壊で、日本もアメリカと同じように、不況が訪れれば雇用リストラが一般化し、転職も一般的になって、雇用が流動的な社会に移行すると予想されていたのです。