「今日はたくさん勉強させてもらいました。お支払いは、待合室で待っていればいいですか?」

「いらねぇよ」

「え?」

「まだ損してんだろ? 診察は始まったばかりなんだよ。いいか、次の診察までに、自分で選んだ銘柄を買ってこい。どんな銘柄でも構わねぇ。ただし、人に聞くんじゃねぇぞ」

 スパルタにも程がある。こっちは傷心で、今投資なんて気分になれないところだ。それに、またここに来て何か言われるのも怖い。

「選んでくるだけはどうですか?」

「ダメだ。身銭切って買わなきゃ何の意味もねぇ。もちろん、無理のない金額でな。でも間違っても、金を借りたり、信用取引*なんかは絶対にするんじゃねぇぞ」

* 信用取引:証券会社に担保を預けることで、自分の手元資金以上の資金を利用して売買を行える取引手法のこと。いわば借金をして取引を行うこと。

 信用取引。聞いたことはあるが、まだよくわかっていない。とにかく現物を買えってことか。

「わかりました。では近いうちにまた来ます」

 男性の方を向いて言う。

「お待ちしています! あ、申し遅れました。私、万賀朝日と言います。ここの副所長を務めています。こちらは所長の忌部あかりです」

「あかりさん、って言うんですね。素敵な名前です。漢字はどう書くんですか?」

「あ゛? そんなことどうでもいいだろ」

「す、すみません」

 日中は5月にしては暑い日だったが、すでに涼しい空気が漂い始めていた。井の頭公園の新緑が風に揺らぎ、少し自分の心を癒やすようだった。しかし、損失がなくなったわけではなく、次回の宿題となってしまった銘柄に関しては何のヒントも得られていない。

 ベンチに座り、ただ池のスワンボートを眺めるばかりだった。

買った株が急落してます!売った方がいいですか?

著者名 栫井駿介
発行元  ダイヤモンド社
価格 1760円(税込)