「それが株の面白いところだよ。株価が急に上がると、『何かがあるんじゃないか』って真面目に考えるヤツがいる。それがさらに信憑性を高めて、さらに馬鹿を引き寄せてさらに上がるってことになるんだよ。よくできた煽りは、巧妙に真実が混じるしな」
「馬鹿」という言葉に、思わず言葉を失う。俺はエリートだぞ。それなのに、この世界では馬鹿だというのか。
「波野さん、安心してください! 株の世界では、どんな人でも『馬鹿』になりうるんです。万有引力の法則を見つけ出したニュートンも、同じように株で失敗して今の金額で4億円を失っているんですよ」
「え、あのニュートンがですか!?」
「そうです。だから、失敗しても自分を卑下する必要はないんです。むしろ4億円負けなくてよかったと思わないと」
「でもそうなると、ますます怖くなってきました。やっぱり株はギャンブルってことになりますよね?」
「確かに、目先の株価を考えると株はギャンブルです。だから昔はオカルト的な手法で投資するのが主流だったんですが、そこに一石を投じたのが、ベンジャミン・グレアム。あのウォーレン・バフェットの師匠です」
「バフェット! 俺も憧れています!! でもどんな投資をしているか、実はよく知らないんです」
「グレアムは、企業の『価値』に基づく株式取引を『投資』と定義し、それ以外を『投機』すなわちギャンブルだとしました。そして、PERやPBR*など、定量的に価値を判断する手法を広めたのです」
*PBR:株価純資産倍率。企業の1株当たりの純資産(簿価)に対し、現在の株価が何倍になるかを示した数値。高いほど割高とされる。
「PER……聞いたことはありますが、今一つわかっていませんでした」
「PERは『株価が利益の何倍になるか』を表すもので、数字的に株式を評価しようという考え方です。今では投資家として最低限押さえておかなければいけない指標になっています。平均的なPERは10~25倍程度となり、これより高いと、割高感があるとも言われます」
「トリリオンバイオはどのくらいなんですか?」
「そうですね、トリリオンバイオが赤字であることは知っていましたか?」
「確か、そうでしたね」
「PERは株価を1株当たり利益で割ったものなので、赤字のトリリオンバイオのPERは、『計測不能』ということになるんですよ。つまり、目先の業績で言えば、計算できないほど『割高』と言えます」
「そんな……つまり、じゃあこれから上がるのは厳しいということですか?」
「断言はできませんが、合理的には説明しづらい株価水準になっています」