「波野さんは、なぜトリリオンバイオを買おうと思ったんですか?」

「それは、X でみんなが良いって言ってて、有名なインフルエンサーの人も『今買わなきゃいつ買う』って煽ってて。最近、ここがアメリカの大手製薬企業と技術提携したって話を見ました。もしそれがうまく行けば、この株は何十倍にも化けると思ったんです」

「なるほど、とてもよくわかります。やはり誰だって夢は見たくなるものですよね。楽観的な性格は、投資ではとても大切です。きっと今のキャリアもそうやって築いてきたんじゃないですか」

 そう言われると誇らしかった。そう、この楽観的な性格があったからこそ、今の会社に入れて、うまくやってきたんだ。

「で、あんたはその提携がうまくいって大成功する確率とか考えたのか?」

 忌部が痛いところをついてくる。

「それは考えたこともありませんでした」

「はぁ~」

 忌部が大きなため息をつく。どうやら俺にあきれ果てているようだ。

「いいか、ここからは数字の話だ。新薬が承認される確率は、『千三』と言われる。1000回に3回。リアルな数字ではもっと低い3万分の1だ。お前はそれに賭けるのか?」

「でも、『投資は長期で』って言うじゃないですか。トリリオンバイオも、持ち続けていれば上がってくるのでは? 現に、この前まで1万円あったんだから、またすぐそのくらいには戻ってもおかしくないはず……」

「お前はトリリオンバイオの何を知っている?」

 忌部に言われて俺は我に返った。創薬の成功確率だって知らなかったのに、「株価はまた上がる」と根拠のない期待をかけている。部下や後輩に「信じられるのは数字だけ」と言っているのは俺自身じゃないか。

買った株が急落してます!売った方がいいですか?

 

著者名 栫井駿介
発行元  ダイヤモンド社
価格 1760円(税込)