父親の遺言「恒司は頼りにならない」
それには理由があったようです。姉の精進落としの席で話をした際、万起子から「『恒司は全く頼りにならないから、お母さんに何かあった時にはお前が助けてやってほしい』というのがお父さんの遺言だったから」と聞かされました。敬愛する父親との約束を反故にはできなかったのでしょう。
もちろん万起子も、「恒司が生まれてからは恒司のことしか眼中にない母親」に対して忸怩たる思いはあったようです。
「正直、恒司はクズだし、そのクズをクズと認めない母親も人としておかしいでしょ? 私、大学受験の時に母親に言われたの。『女の子が学歴をつけても小賢しいと言われるだけ。お前に学費は1円も出せないから、どうしても進学したいなら奨学金をもらって行きなさい』って。悔しいから奨学生入試受けて大学に行った」
万起子は姉が最後の入院をした際、姉と「人生で初めて」じっくり話をしたそうです。そこで万起子が恒司への過保護や共依存が恒司をあんなふうにしたと姉を責めたところ、それに対して返ってきた姉の答えは次のようなものだったとか。
1億円と全人生をかけた母親の告白
「恒司には1億円近いお金をかけた。それ以上に、私の全人生をかけた。それが甘かったとか共依存だとか言われても、私は今でも諦めきれない」
その上で姉は、自分の資産が自宅と2000万円ほどの現預金しかないと打ち明け、「お前や孫たちに何もしてあげられないのは申し訳ないけれど、財産は全て恒司に渡す。そうしないと恒司は生活できなくなって、結局、お前を頼ることになるから」と言い放ったのでした。
それには私も驚きました。私の知る姉は、極めて常識的で愛情深い人です。私たちはあまり裕福でない家庭で育ち、姉の下には既に亡くなった兄が2人いました。姉は自分の食事は後回しにして私たちに食べさせ、兄たちの学費を捻出するために大学受験を諦め、高卒で国立大学の有期の職員になりました。そこで義兄と出会ったのです。
姉はもともと理数系が得意で普段から理詰めで考えるタイプでしたし、どんな時も落ち着いていて、取り乱した姿を見たことがありません。
そんな姉が、恒司のこととなるとこれほど周りのことが見えなくなるのかと思うと、母性の強さは時に狂気にもつながるのかと戦慄すら覚えました。
万起子はそんな私に、「大丈夫。私、お母さんの遺産なんて1銭も受け取るつもりはないから」とあっけらかんと言いました。姉の相続人は万起子と恒司ですから、法定相続分通りなら万起子には遺産の半分を受け取る権利があります。仮に姉が「恒司に全財産を相続させる」という遺言書を残していたとしても、万起子は遺留分として自分が本来受け取るはずの遺産の半分を請求できます。
しかし、それをする気は毛頭ないというのです。「母親ガチャ、きょうだいガチャには外れたけれど、今の私には名古屋にしっかり自分の居場所があるから」
そして、「母が1億円と全人生をかけたクズが、これからもっと落ちていくのを遠くから眺めることが私の復讐」と薄笑いすら浮かべたのです。
独身で子供を持つことすら叶わなかった私からすれば、姉一家はまさに理想の家庭で、どれほどうらやましかったかしれません。しかし、それが幻想に過ぎなかったことをまざまざと知らされ、これまでの私の思いも全否定されたような気持ちでただただ戸惑っています。
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