祖父母と孫との間で財産の一部を相続させるという口約束、いわゆる遺贈がされることがある。普通に考えれば、祖父母本人らの意向がくまれ、孫は祖父母の死後に遺贈によって財産を取得できると思うかもしれない。しかし、時にはその意向が踏みにじられてしまうこともある。そこで、今回はかなうことのなかった祖父と孫の間での遺贈の話をしよう。

祖父の最期の言葉

「お前に畑と家を遺すよ」

義一さん(仮名、以下同)は、入院生活を送る病室で孫の翔太さんにそう伝えた。翔太さんは驚き、「本当に……? でも僕は相続人でもないし、叔父さんたちもいるんだし……」とかたくなに受け入れることはしなかった。

だが、義一さんの決意は固い。翔太さんに向き直り、力強くにらんでいるかのように直視して伝える。

「お前はずっと俺の面倒を見てくれたからな。家族の誰よりも、俺のことを思ってくれていた。だから家と畑は絶対にお前へ遺したい」

それは、翔太さんにとって何よりもうれしい言葉だった。

両親が共働きで1人のことも多かった翔太さんは、幼い頃から祖父の家に預けられることが少なくなかった。大学進学は首都圏の私大に決まったため、地元を離れ一人暮らしを始めたが、その後も頻繁に祖父のもとへ帰り、買い物や畑仕事を手伝っていた。

就職は地元にUターンし、祖父とは車で15分程度の距離にアパートを借りて暮らしていた。晩年は病院への付き添いはもちろん、毎日のようにお見舞いにもいっており、親族のうち誰よりも祖父を慕っていたといっても過言ではない。

そんな祖父の家だ。そこは翔太さんにとってまさに“帰る場所”だった。だからこそ、祖父がこの家を翔太さんに遺すと口にした時、彼は心から感謝した。

「ありがとう、おじいちゃん。大事にするよ」

その後は義一さんに感謝され、いつも通りの会話をして病院を後にしたという。だが、翔太さんが義一さんに会うことができたのはそれが最後だった。