日本銀行の11年に及んだ異次元緩和。

「2%物価目標」のために、巨額の国債と日本株(ETF)を買い入れてきました。大きな影響を市場に及ぼした異次元緩和は成功だったのか、それとも失敗だったのでしょうか?

金融正常化へ舵を切るなか、そんな疑問に答える1冊の本が版を重ねています。元日本銀行理事の山本謙三氏が執筆した『異次元緩和の罪と罰』です。山本氏は、金融正常化へ向かう出口には「途方もない困難」が待ち構えていると言います。(全4回の3回目)

●第2回:なぜ実質賃金は低迷したままなのか? 賃金から日本経済の実相に迫る

※本稿は、山本謙三著『異次元緩和の罪と罰』(講談社)の一部を抜粋・再編集したものです。本書は2024年9月発売、掲載情報は執筆時点に基づいています。

マイナスの短期金利の解除

金融政策としては、先行する大企業の春闘の賃上げ結果を見て判断するのか、秋以降にはっきりしてくる中小・零細企業を含めた統計を待って判断するのか、難しい課題だった。

しかし、そのまま秋まで待つのは、ただでさえオーバーシュート型と称して、金融引き締めのタイミングを本来よりも遅らせてきた政策をさらに先送りするものとなる。物価と賃金の関係が好循環であれ悪循環であれ、物価の上昇局面では、金融緩和を修正するのがオーソドックスな金融政策である。

2024年入り後の経済は、日銀にとっては幸いなことに物価2%台の継続を示唆する情勢となった。第1に、世界的に物価が高止まりしていた。第2に、新型コロナ明けに伴う需要の拡大と円安を背景とするインバウンドの需要増大があった。第3に、団塊世代の後期高齢者入りを背景に、国内の人手不足感が強まった。春闘では、大企業で2023年を上回る賃上げの実現がほぼ確実な情勢となった。

こうした情勢を踏まえ、日銀は物価目標2%の持続的、安定的な実現が見通せる状況になったとして、異次元緩和の解除を決定した。2024年春の時点で好循環が見極められたとするのは一種の賭けにも見えたが、黒田体制下からの判定材料をそのまま受け継いだ判断ともいえるし、異次元緩和から一歩先に踏み出した判断にも見えた。その意味では絶妙のタイミングだった。