要介護になってしまった義母

大事ではないと言ったものの、義母の吉江は変形性膝関節症と診断された。

これは膝関節の軟骨が加齢や筋肉の衰えによってすり減ってしまい、曲げ伸ばしした際に痛んだり、炎症によりいわゆる膝に水がたまった状態になってしまったりする病気だった。症状が進むと普通に歩いたり、座ったり、しゃがんだりするのも困難になってしまうが、1度すり減ってしまった軟骨は元に戻ることがなく、病気の進行を遅らせることでしか対処することができないらしい。

転んでしまったことがトドメとなったのか、吉江はこれまで通りに動くことができなくなり、真希たちは介護しなくてはならなくなってしまった。

義実家までは車で15分。介護自体も敦志と協力するのでそれほど大きな負担ではない。しかし車の助手席に座る真希の気分は沈んでいた。

真希は義母の吉江のことがとにかく苦手だった。

真希と敦志が結婚したのは2年前。真希が32歳のとき。友人の紹介で知り合った敦志と結婚し、結婚のあいさつをするときに吉江と初めて会った。結婚後に仕事を続けるのかという吉江の質問に、真希は何気なくうなずき、子供ができてもすぐに職場復帰したいとの話をしたのだが、吉江はどうやらそれが気に食わなかったらしい。

「ほら、うちが母子家庭でしょ。敦志には小さいときから寂しい思いをさせたから、お嫁さんには家にいてあげてほしいのよ。それに女は家庭を守るものじゃない」

「でも、母さん。真希はあのA製菓で働いてるんだよ。俺なんかよりも全然稼ぎもいいし、頼られる立場なんだ」

「情けないこと言わないでおくれ!」

吉江は声を荒らげ、席を立ってしまった。真希は“女は家庭”なんてことをいまだに信仰している人がいることにあっけにとられ、吉江の背中を見送ることしかできなかった。

その後の敦志の説得もあって、結婚こそ認めてもらえたが、吉江との関係は変わらず険悪だった。本当ならわざわざ会いになど行きたくない気持ちが勝っていたが、病気とあってはそうも言っていられず、真希は敦志と一緒に義実家に向かうことにうなずいたのだった。

義実家に着いて敦志が引き戸を開ける。奥から吉江の声がして、2人はあいさつに向かう。

「悪いね、忙しいのに」

リビングで座椅子に座りながら本を読んでいた吉江は、露骨に真希のほうを見ずに言った。

「いや、全然いいよ。来れるのは週末くらいだけど、真希も手伝ってくれるから」

「膝、大丈夫ですか?」

敦志が自然に真希を会話の輪に入れてくれたが、吉江は真希を一見すると、冷たい言葉を吐き捨てる。

「見りゃ分かんだろう。大丈夫だったら、わざわざあんたなんかに来てもらったりしないよ」

先が思いやられるなと思った。それでも真希は笑顔をつくり、何でもない風を装った。

真希は向けられる冷たい態度や嫌みは別として、吉江のことを尊敬してもいた。理由は吉江が敦志を女手一つで育て上げたことだ。それは真希も同じだった。同じシングルマザーの家庭で、真希の母は苦労しながら女手一つで真希を育てた。その大変さを、真希はずっと見てきたから知っていた。

だから真希はどれだけ嫌みを言われても、冷たい態度を取られても、吉江をむげにすることはできず、介護を続けていた。