インフレを生み出す要因の1つが労働市場の需給です。労働市場がタイトで人手不足が続き、賃金が上がるとインフレが高止まりします。失業率の見通しを見ると、今回の金融引き締め局面では3.4%がボトムになったようです。

 

昨年9月の予想では、昨年年末で3.8%、今年の年末で4.1%、その後4.1%が続き、4.0%で終わるとしていました。

 

12月の見通しも同じような形でしたが、今年3月はほとんど動いていません。

 

ただ、今回は4.2%まで上がるという見通しを出しました。繰り返しますが、現在の失業率は4.0%ですが、しばらくこの4%台を維持するか、もう少し高止まりしていくという見方をしているのです。

 

長期見通しの推移について、FFレートの長期見通しは中立金利と言われ、前回の3月に2.5%から2.6%に上がったことを取り上げました。インフレについては目標が2%なので、長期見通しは必ず2%になります。

FFレートは前回3月の見通しでわずかに上がり、今回もわずかに上がりました。つまり、最終的にFFレートは現在から下がるだろうと予想されていますが、2.8%程度ではないかという見通しです。

 

3カ月前、私は潜在成長率が上がっていくと思っていました。成長率が上がれば中立金利も上がり、米国の株式市場も企業業績も上がるから悪い話ではないと議論しました。しかし、今回はっきりしたのは、長期の失業率見通しも上がったことです。9月から12月にかけて0.1%上がり、今回で4.2%まで上がりました。

彼らのモデルでは、米国の自然失業率の見通しがずれたのではないかと見ています。自然失業率とは、ちょうどいい均衡状態の失業率のことです。失業には、仕事をしたいのにできない不況型の非自発的失業と、自ら選んで失業する構造的な失業があります。この構造的な失業者が増えた可能性があるからこそ、自然失業率が上がっているのです。

これは重要な話で、4.2%が自然な失業率だとすれば、今の4.0%までの上昇は放っておいてもいいということになります。本当に緩和が必要なのは、失業率が4.2%を超えてからだということです。つまり、4.2%に行くまでは金融緩和をする必要はないというのが今回のメッセージなのです。

インフレは放っておいても下がっていき、失業率が4.2%を超えればインフレ率はもっと下がるというモデルになっています。構造的な失業が上がったのだから、金利を下げても上げても必ず失業者は出てしまいます。そこまで仕事を与えようとすれば、かえってインフレを加速させてしまうのです。

 

したがって、これからFRBが動くのは失業率次第ということになります。ただ、失業率が4.2%まで上がってから金融緩和をするということは、景気後退を自ら作るつもりだと思います。目標とする2%のインフレ率を何がなんでも達成するためには、それくらいの荒療治が必要だとFRBのモデルが答えを出したのではないでしょうか。

モデルやAIが答えを出すというのは、そういうことなのです。経済政策では必ず犠牲が出ます。今回、インフレを鎮静化するには、失業者という犠牲を出さないといけません。FRBとしては4.2%まで容認できるというモデルを作ってしまいました。

実際、昨日の木曜日に失業保険申請件数が発表になり、24万人に増えました。これまでのFRBだったら、そろそろ金融緩和をしている頃だと思います。事実、ドットチャートやフォワードガイダンスを作っていない伝統的なECBは利下げをしました。

しかし、金融危機後のFRBのモデルはもっと硬くなり、こだわるようになりました。自然失業率が上がったのだから、まだ緩和してはいけないということです。失業率が自然失業率まで行くまでは緩和してはいけないのです。

これが良いのか悪いのかは結果が全てですが、もし手遅れだったら大きな反動になると思います。問題なければこのまま何もなく過ぎていくかもしれませんが、手遅れになれば米国の株式市場の調整は大きなことになるでしょう。

その証拠に、今はナスダックやS&Pの上位銘柄しか買われていません。他の株は下がっており、ヨーロッパの株も下がっていません。

大統領選挙との兼ね合いについては、米国の自然失業率は4.2%で、現在の失業率は4.0%だと大統領に説明できると思います。つまり、まだまだ需要が強く、人手不足は実際に続いているのです。パウエル議長も記者会見でそれを3回ほど言っていました。

ただ、失業率や保険申請件数が上がり始めているのは事実で、臨界点が近づいています。ちょうどその頃に大統領選挙が来るのではないでしょうか。バイデン大統領はFRBを信用していると言うでしょうし、トランプ大統領は自分が大統領になればすぐ金融を緩和させると言うでしょう。次の雇用統計が気になりますが、この仕事は毎月続くと思います。

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岡崎良介氏 金融ストラテジスト

1983年慶応義塾大学経済学部卒、伊藤忠商事に入社後、米国勤務を経て87年野村投信(現・野村アセットマネジメント)入社、ファンドマネジャーとなる。93年バンカーストラスト信託銀行(現・ドイチェ・アセット・マネジメント)入社、運用担当常務として年金・投信・ヘッジファンドなどの運用に長く携わる。2004年フィスコ・アセットマネジメント(現・PayPayアセットマネジメント)の設立に運用担当最高責任者(CIO)として参画。2012年、独立。2013年IFA法人GAIAの投資政策委員会メンバー就任、2021年ピクテ投信投資顧問(現・ピクテ・ジャパン)客員フェロー就任。