窮地におちいった美香に助け船を出したのは…
「……だから言ったじゃない」
喫茶店で一部始終を聞いた摩耶はため息をついた。
凌久へ送ったLINEに既読がつくことはなかった。凌久以外の男も同様だった。美香に金がないことが分かると、まるで最初からいなかったみたいに連絡が取れなくなり、会ってくれなくなった。
しょせんはお金でつながれていただけだった。
「……もっと強く言ってくれれば良かったのに」
「見下している相手からの助言を素直に聞けたの?」
美香ははっとする。
「な、なんで? 気付いていたの?」
「あんたはね、昔っから感情が顔に出すぎなのよ」
「じゃあ、な、なんで会ってたのよ? 私みたいなヤツと……」
「さあね。でもほっとけなかったのよ。昔からの付き合いだから」
ぶっきらぼうな言葉に美香は思わず顔を伏せた。
「楽しいんでしょ? 私みたいなヤツが転落してるのを見るのが」
「……そうかもね。でも、私はその男連中と違って見捨てたりはしないわ」
「え……」
見捨てたりしない。その言葉に必死に閉じていた感情があふれる。
「私、これから、どうすれば……」
文字通りの泣き言だった。みっともない、惨めだと分かっているがこれ以外出てくるものがなかった。
「あんたはどうしたい? 何かやりたいこととかないの?」
「分からない。やりたいこととか考えてこなかったから。何をやっても、お金で解決できてたから。それさえあれば、何もいらないと私はずっと思ってた」
でも必要だったと今になって思う。夢や目標、友人、知人、そのどれもが人生に欠かせないものだと今このときになって思い知った。
「だったら、いきなりやりたいことをやれって言うのも酷よね」
美香は何度もうなずく。
「頼れる人はいないの? 親戚とか」
「誰もいなくなった。お金が手に入った途端、近づいてくる連中が全員金目当てに見えて、それで全員との連絡を絶ったの」
「それじゃあ、今更助けてなんて言っても無理よね」
思えば、両親が死んだとき、人間関係を断ったのは全員が金目当てに見えたからだ。それなのにいつしか、金で近づいてくる男ばかりと遊ぶようになっていた。
「……私はいったい、今まで何を」
「後悔するのは自由だけど、それは1円にもなりはしないから」
「だけど、どうしたらいいか……」
摩耶は美香を鋭い目で見る。
「働く、それだけよ。取りあえず食べていかないといけないの。どんなにつらくても、悲しくても、関係なく食べて行くしかないのよ」
美香はうつむく。
よく磨かれたテーブルに映る自分の顔をまじまじと見る。
醜かった。親の遺産によりかかるだけだった中年の女の顔には、空っぽな中身が透けていた。
「……こんなオバさんを雇ってくれるところなんてどこもないよ」
「じゃあ、死ぬの?」
「いや、絶対にいや」
「じゃあ、仕事を探しなさい。どれだけばかにされても、見捨てられても関係なく仕事を探し続けるしかないのよ」
摩耶の言葉には、実体験が伴っているように思えた。その言葉には気おされるだけの迫力がこもっている。
「私の知り合いにスーパーの店長がいてね、その人の店、人手が足りないんだって。紹介してあげるわ」
「え……」
「別に紹介だけ。採用されるかどうかまでは保証しないから」
初めての仕事探しに怯えている美香への気遣い。そんな暖かな優しさを美香は感じ取った。
「あ、あり、がとう……」
感謝の言葉を言ったのは何年ぶりだっただろう。それなのに、あふれる涙でうまく言葉にならなかった。摩耶は何も言わず、美香が泣きやむのを待っていた。