一筋縄ではいかないマイナス金利解除
ただ、日銀が実際にマイナス金利政策の解除に踏み切るためには、少なくともあと5つの課題が残されています。
1つ目の課題は政府がデフレ脱却を宣言できないリスクです。日銀の中には政府のデフレ脱却宣言の有無にかかわらず正常化を進めればよいという意見もあるようですが、2013年に政府と取り交わした共同声明もありますし、少なくともデフレから脱却したという見解で政府と一致したほうが事を運びやすいのは間違いありません。
政府がデフレ脱却を宣言するには、➀財・サービスの平均価格を測定した「消費者物価指数」、②名目GDPを実質GDPで割ることにより物価動向を把握する指標の「GDPデフレーター」、③国の総需要と供給力の乖離を示す「GDPギャップ」、④一定量の製品の製造にかかるコスト「単位労働費用」の4つの改善が必要とされています。このうち消費者物価指数とGDPデフレーターは大幅にプラスとなっていますが、GDPギャップと単位労働費用はいまだ低迷中です。単位労働費用については春闘を注視する必要がありますし、何より問題となるのはGDPギャップで、内閣府の推計によると2024年の間にプラスになるのは厳しいのが実情です。
続いて2つ目は、日銀が金融政策正常化に向かうために前提としている物価上昇率2%の実現可能性です。物価上昇を継続させるためには賃金(本稿では雇用者報酬を取り上げる)も同時に上昇する必要がありますが、物価上昇率2%をカバーするのに必要な名目雇用者報酬の伸び4%の達成は、過去のデータを見る限り非常に厳しいと言わざるを得ません(図1)。実際、名目雇用者報酬は増えているもののインフレ率の伸びをカバーできておらず、実質の雇用者報酬は目減りし続けています。
図1:名目雇用者報酬の前年比の推移
3つ目の問題は元日に起こった能登半島地震や政治リスクです。災害発生時の金利引き上げは考えにくいですし、国内外の政治的混乱が日銀の政策決定にも影響を与えるかもしれません。
そして4つ目のハードルが海外景気の影響です。政策金利の過去の動きを追ってみると、米国の利上げに2年遅れて日銀が動くパターンが繰り返されています。今回も仮に3月か4月にマイナス金利を解除するとなれば、米国の利上げ開始からまさに2年過ぎたタイミングです。金融政策の変更が景気に影響を及ぼすまでにかかる期間がおおむね1年半から2年とされていますので、日銀が動くタイミングで米国の景気が怪しくなっているというのは、ある意味必然と言えます。講演のタイトルの「宿痾」という言葉には、このような意味を込めています。
今回も日銀は、米国経済、ひいては世界経済のリセッションを常に警戒しながら正常化を進めなければなりません。ユーロスタットが公表している「景気循環時計」によると、ユーロ圏ではすでにリセッションに入っていることがわかります。