金融市場の期待する「政策修正シナリオ」、 賃金上がらず肩透かしに

インフレ率の低下は、2024年の日銀金融政策に多大な影響を及ぼすでしょう。市場関係者の多くは金融政策の見通しについて、➀春闘による高い賃上げを受けて、②日銀が2%の物価目標達成を宣言し、③4月にマイナス金利解除に踏み切る、と予測しているようですが、私はこのシナリオ通りになるのは難しいと見ています。そもそも物価目標達成を宣言することは金利急騰をはじめさまざまな経済的リスクがあるため日銀は慎重姿勢ですし、なにより24年の春闘では物価目標達成を宣言できるほどの賃上げにはならないと考えられるからです。

物価目標達成の目安のひとつとして黒田東彦前総裁はベースアップの上昇率3%を掲げていましたが、足元の物価動向を踏まえると2024年の春闘で達成するのは難しいでしょう。まず物価上昇率は24年初頭には前年の半分程度まで低下する見通しであり、23年のベア2%強を上回ると見るのは非現実的です。また日銀短観によると企業の5年先のインフレ期待は2.1%にとどまっており、ほかに賃上げを促すような好材料が見当たらない状況ですから、企業にとっては2%を大幅に超える賃上げはできないということになると思います。

2023年の賃金上昇率が市場予測を超えて上振れたのも、労働生産性の改善など日本の成長力が高まったというわけではなく、植田総裁の言う「第一の力」、すなわち輸入物価の上昇に連動していたに過ぎません。輸入物価はもう9カ月連続で前年比2桁のマイナスになっているわけですから、今後インフレ基調は収まり賃金も上がりにくくなっていくのは明らかです。24年のベアはひいき目に見ても前年より若干改善した2%半ばくらいにとどまり、黒田前総裁が物価目標達成の目安としてきた3%のベア水準には届かないでしょう。

さらに言えば、2%の物価目標を達成するには本来、3%どころか5%のベアが必要とも考えられます。2%前後の物価上昇率がトレンドとして成立していた1990年代初頭は、労働生産性の上昇率が3.5%ほどでしたので、名目の賃金上昇率は実に5.5%にも達していたのです。ざっくりした計算にはなりますが、近年、労働生産性の上昇率が0~0.5%程度で推移していることを踏まえると、物価目標を達成するにはベアが5.5%必要ということになるのです。いくら足元でインフレ率が2%上振れ、賃金も30年ぶりの高い上昇率になったからといって、中長期的な物価上昇が見込めない状況の中でベア5%半ばを実現するというのは無理な話でしょう。