みんな「居場所」を見つけて去っていく
――悪い 俺、実家に帰ることになったんだ
いつものように飲みましょうと誘った大輔さんからそう返信があったのは、それからすぐのことだった。
——あんなに地元嫌ってたのに、何かあったんですか?
——おやじが倒れたらしくてさ 介護もおふくろ1人じゃ難しいし、ヘルパーに頼むのもなんかな だから今ちょっとばたついてて、落ち着いたら連絡するわ
——そうですか…… 寂しくなりますね
無事に就職して大阪配属が決まった鏑木。独立した妻の事業を妻の地元の静岡で手伝うことにした座長の山口。いつの間にかまだ東京に残っている団員のほうが少なくなっていた。
みんな、そうやって新しい生活を始めていた。次の居場所をつくり、徐々に回り始めていく毎日によって〈サボテン〉から少しずつ遠ざかっていく。あの充実した日々は過去になり、やがて色あせて見えなくなってしまう。
取り残されていくような気がした。翔子にはまだ、〈サボテン〉が必要だった。夢の名残にすがっていたかった。大きな拍手のなか最後の幕を下ろしたあの日から、翔子の気持ちは一歩だって進めていないのだ。
その日も結局誰1人としてつかまらず、家の近所の居酒屋で一人酒をあおった。しゃべる相手がいない分、その空白をアルコールで埋めていった。疲れているせいかあっという間に酔いが回り、いつの間にか眠っていたところを店主に閉店だと起こされた。
「あんた、ちょっと飲みすぎだよ。大丈夫かい?」
返事もお礼もろくにできないまま、翔子は店を後にした。
どの道をどうやって歩いて帰ってきたのかは覚えていない。気がつくと翔子は家の玄関にいて、冷たいフローリングの上に横になっていた。パンプスが片方、どこを探しても見当たらない。どうやらはだしで歩いてきたらしく、ストッキングは破れ、足の裏の皮がめくれて血がにじんでいた。
足が鈍い痛みを訴えていた。だがそれ以上に胸が苦しくて、玄関でうずくまった翔子はうめくように泣き続けた。