<前編のあらすじ>
地権者の婿である増岡健次は、義父の経営する不動産会社の専務を務めている。義父は地権者としてマンションの価値を毀損や住民の風紀をしきりに気にしていたが、近頃マンションでは増岡の部下が地権者住戸に入居させた男の素行に苦情が集まっていた。
●前編:【ブランドスーツを着てラウンジで商談…タワマン住民たちが警戒する「不審な男」】
ある日家計口座から消えた「5000万円」
翌日は土曜日だった。最上階の居室の窓下には、小春日和の穏やかな空気をまとった都心のビル群が広がる。
リビングに珍しく家族4人が顔をそろえた。皆、何となく居心地悪そうだ。
雲行きが怪しくなったのは、俺が金の話を始めたことがきっかけだった。
拓海の留学資金を払い込む必要があり数日前に家計口座の預金残高を確認したところ、残高が5000万円ほど減っていた。
キャッシュカードや銀行印は妻の瑞希に預けてある。妻は銀行や証券会社の勧めでそこから株式や債券に投資することが時々あり、今回もそれだと思っていた。
「今はドルが高いから、生活費も含めると年間2000万円近くかかるらしい。投資は一時休止だな」
軽口をたたいて瑞希の方を見ると、いつもは陽気な瑞希が顔を引きつらせている。
「なんだ、まさか5000万円全部使い果たしたわけじゃないよな?」
冗談めかして言うと、今度は「使って何が悪いのよ」と開き直った。